はしょる、 手を抜く、 節約する
「手抜きをする」といったらこれ。
定訳である。
私たちの大半は、内心<手抜き大好き>なので、
所構わず出てくる表現。
てぬき【手抜】
〘名〙
1. 手を抜くこと。しなければならない手続・手段
を故意にしないでおくこと。するはずの一部を
省略しながら、完全になしとげたもののように
ごまかしておくこと。
(精選版 日本国語大辞典)
※ 下線は引用者
“cut corners” は、カタカナで定着済みの2語で
構成されているため、覚えやすい。
また、定訳の一つ「はしょる」と成り立ちが似通う。
はしょる【端折る】
〘他五〙(ハシオルの転)
2. はぶいて短く縮める。省略する。簡単にする。
(広辞苑 第七版)
- はしょる = 端折る = 端を折る → 端を省略
- cut corners = 角を切る → 角を省略
この分かりやすい共通点こそ、人類みな「手抜き大好き」
な向きの一端を示す感がある。
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◆ “cut corners” の語源には諸説ある。
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主要説は、以下の英文サイトに詳述されている。
What’s the origin of the idiom “cut corners”
このサイトが述べる有力な由来は3つ。
(1) 屋根ふき工事(roofing)
上図のように、”corners”(角)を “cut”(切り落とす)。
継ぎ目を折り曲げる厄介な工程を省略し、切断してしまう。
–
(2) 狩猟(hunting)
ウサギ猟などで、獲物にぴったりついて(directly behind)
追うのが、優秀な猟犬。 ぐうたら犬は、コースを外れがち
で、近道を行く(cut corners)。
–
(3) 船頭(gondolier)
ゴンドラ(平底船)の船頭が、大回りを避け、衝突すれすれ
にさばく、際どい漕ぎ方が “cut corners”。
サイト内で最も支持されているのは(3)。
※ 2018年9月25日現在
その根拠のひとつとして引用されているのが、
OED(オックスフォード英語辞典)の編集長による回答。
1997年の記事だが、今でも通じる説明だろう。
The OED documents the phrase from 1869,
when Mark Twain described a gondolier who
“cuts a corner so smoothly, now and then,
or misses another gondola by such an
imperceptible hair-breadth that I feel myself
‘scrooching’, as the children say, just as one
does when a buggy wheel grazes his elbow”
(“Innocents Abroad“, chapter 23).
The original use was, therefore,
“to pass round a corner as closely as possible“;
the modern extended use is recorded from
the latter end of the 19th century.
JOHN SIMPSON
Chief Editor
Oxford English Dictionary
https://www.independent.co.uk/voices/
July 3, 1997
※ “scrooching” = しゃがむ (自動詞)
シンプソン編集長は、米作家トウェイン(1835-1910)
の紀行『地中海遊覧記』から、スリル満点な船漕ぎの描写
を引き合いに出す。
その上で、出版年の1869年を初出とする。
その根拠は、OEDが記述するからに他ならない。
ー
◆ “OED” = “Oxford English Dictionary” は、
1884年にイギリスで刊行が始まり、最新版の第2版
は1989年刊。
邦題 『オックスフォード英語辞典』。
全20巻、
世界最大の英語辞典である。
–
語義の配列は、頻出順ではなく、発生順の「歴史主義」。
成り立ちを、系統的にたどれる利点がある。
–
【公式サイト】 http://www.oed.com/
[両方入手済み] → 辞書の「自炊」と辞書アプリ–
–
◆ 間一髪のすれ違いを「馬車の車輪がひじをかすめる
際にするように、身をかがめた」とトウェインは記す。
ここから、本来の “cut corners” が意味するのは、
「できる限り、ぎりぎり角を曲がる」(赤ハイライト)。
無駄を省き、時間が短縮できる一方、安全は二の次。
安全面を犠牲にしかねない点で「手抜き」に派生した
とする解釈である。
生真面目に角にびっちり沿った進行であり、サボりから
程遠いのだが、むやみに接近しすぎて危険を招いている。
それゆえ「手抜き」となる。
何だか分かりにくい。
だが、安全確保の側面から見ると、「手抜き」の語釈
「しなければならない手続・手段を故意にしない」
に該当していると考えられる。
ー
◆ 黄枠の3つの由来のうち、すんなり理解しやすいのは、
(2)の「近道」だろう。
すなわち、角をきちんと曲がらないずぼらな手抜きを示す。
猟犬がサボり主のようだが、人間でも同じ。
はしょる
「近道する」も、”cut corners” の定訳のひとつである。
ちかみち【近道・近路】
1. 距離の近い道(を行くこと)。
2. ぬけみち
3. はやくするための手段。はやみち。
(三省堂国語辞典 第七版)
ぬけみち【抜け道】
1. 本道からはずれた近道。間道。
2. 法律の規制や責任を逃れるための手段・方法。
(明鏡国語辞典 第二版)
逆に「近道」の英訳の定訳は、可算名詞 “shortcut“。
上の国語辞典の「近道」にそのまま当てはまる意味。
“take shortcuts“ で「近道を行く」「近道する」。
- 形容詞 “short“(短い)
- 名詞 “cut“(道)
で、こちらも理解しやすい。
“shortcut” の初出は16世紀。19世紀の “cut corners”
に比べて、ずっと早い。
【発音】 ˈʃɔːt.kʌ
【音節】 short-cut (2音節)
–
◆ ここで、双方の “cut” を見てみよう。
“cut” の語源は、中期英語「切り込む」(cutten)。
【発音】 kʌ́t
【音節】 cut (1音節)
非常に多義で、他動詞・自動詞・名詞・形容詞
がそろう。基本的意味は、
- 他動詞
「切る」「減らす」「横切る」 - 自動詞
「切る」「切り替える」「横切る」 - 可算名詞
「切ること」「切り口」「切片」「抜け道」 - 形容詞
「切られた」「彫りの深い」
本稿と直結するのは、緑ハイライトの語義。
カタカナ「カット」にも、実は含まれる意味合い。
カット【cut】
4. 野球で、他の選手への送球を途中に補給すること。
5. 球技で、相手チームがパスしたボールを途中で奪う
こと。
(大辞林 第三版)
どちらも、割り込んで<横取り>する。
相手側から見れば「横切る」方向になる。
語源「切り込む」から連想できるだろう。
本コースを無視しているから、「抜け道」にもつながる。
“cut corners” では他動詞、”shortcut” では名詞の “cut”。
基本的にそれぞれ「横切る」「抜け道」を意味する。
もっとも、先述の<3由来>ごとに検討すれば、
(1) 屋根ふき工事(roofing) → 切る
(2) 狩猟(hunting) → 抜け道を行く
(3) 船頭(gondolier) → 通り抜ける
動詞 “cut” の語形変化は、cuts-cut-cut。
過去形も、過去分詞形も “cut”。
–
◆ 他方の “corner” の語源は、ラテン語「角」(cornū)。
【発音】 kɔ́ːrnər
【音節】 cor-ner (2音節)
名詞・他動詞・自動詞があり、基本的意味はこの通り。
- 可算名詞
「角」「端」「分野」「苦境」 - 他動詞
「角をつける」「角に置く」「独占する」「詰め寄る」 - 自動詞
「角にある」「買い占める」「独占する」「急カーブを曲がる」
“cut corners” では、<3由来>すべてで可算名詞「角」。
基本的意味そのもので、これまたカタカナ共通。
あえて擬態語(赤字)も加えて和訳してみた。
(1) 屋根ふき工事(roofing) → 角をばさっと切る
(2) 狩猟(hunting) → 角をささっと駆け抜ける
(3) 船頭(gondolier) → 角をぎりぎり通り抜ける
–
◆ 4大学習英英辞典(EFL辞典)は、次の通り。
“cut corners”
■ to save time, money, or energy by doing things
quickly and not as carefully as you should.
(LDOCE6、ロングマン)
■ (disapproving) to do something in the easiest,
cheapest or quickest way, often by ignoring rules
or leaving something out.
(OALD9、オックスフォード)
■ to do something in the easiest, cheapest, or
fastest way.
(CALD4、ケンブリッジ)
■ If you cut corners, you do something quickly
by doing it in a less thorough way than you should.
[DISAPPROVAL]
(COBUILD9、コウビルド)
※ 下線は引用者
既記のように、複数形 “corners” で項目立てされている。
青字 “disapproving” 及び “disapproval“ とは、
「非難する表現」「好意的でない表現」を指す。
英英辞典の凡例用語。
反意語は、”approval” または “approving“ で、
「褒め言葉」。
CALD4の凡例によれば、
-
“approving”
praising someone or something.– -
“disapproving”
used to express dislike or disagreement
with someone or something.
【発音】
・ disappoval /ˌdɪs.əˈpruː.vəl/
・ disapproving /ˌdɪs.əˈpruː.vɪŋ/
・ approval /əˈpruː.vəl/
・ approving /əˈpruː.vɪŋ/
◆ 「非難する」ニュアンスは、 上掲EFL辞典の下線部より明らか。
上から順に、ざっくりと、
- “not as carefully as you should” (LDOCE6)
注意を怠り
– - “often by ignoring rules or leaving something out” (OALD9)
手順無視 または 手数省略
– - “in a less thorough way than you should” (COBUILD9)
不徹底に
これらは冒頭の「手抜き」と重なる。
日英等しく、非難を含む語勢であるのが分かる。
ー
◆ 最後に注意点。
“disapproving” と “disapproval” のネガティブ用法
が原則の “cut corners” であるが、「節約する」
の意で起用されることもある。
< 無駄を省き、コスト削減 >という建設的な意図である。
先のEFL辞書でも、下線を除く前半部分を取り上げると、
極めてポジティブな内容である。
< 時間・経費・エネルギーを節減 >とあり、効率重視が目標。
明るく前向きな姿勢にあふれ、下線部の示す怠惰な雰囲気はない。
このように、ポジ用途で使われる場合もあるのは確かである。
例えば、予算削減が議題の場面なら、不自然はない。
しかし、やはり
◇ 圧倒的なのは「 否定的 」な印象
特に、ニュースに登場する “cut corners” は、あらかた
人聞き悪い「 手抜き 」
だから、まずネガ用法から押さえていこう。
◆ 皮切りは、力強い安全標語(safety slogan)。
Cutting Corners Costs Lives
「 手抜きは命取り 」
- “Never cut corners on safety.”
(安全面で決して手を抜くな。)
- “People love to cut corners and do things the easy way.”
(人は手抜きが好きで、楽しようとするもの。)
– - “Don’t try to cut corners. Otherwise, you will regret it.”
(手を抜こうとするな。さもないと後で後悔するよ。)
– - “They are forcing us to cut corners.”
(彼らは我々に手抜きするよう強いている。)
– - “The manufacturer had cut corners everywhere.”
(そのメーカーはあちこち手抜きした。)
– - “We could finish this early if we cut corners.”
(手を抜けば、早く終えることができる。)
– - “We had to cut corners to meet the deadline.”
(締切に間に合わせるため、手抜きせざるを得なかった。)