誰それ、誰々、何とか
名詞 “so-and-so” の定訳は「誰それ」。
【発音】 sóuənsòu
「それって誰?」を意味する「誰、それ?」ではない。
「誰某」と書き、「だれそれ」と読む。
だれそれ【誰某】
■ 〚代〛
はっきりと名を示さずに人を指す語。
たれがし。なにがし。
(広辞苑 第七版)
■(代)
[古くは「たれそれ」]
不定称の人代名詞。名前をはっきり示さずに
人をさしたり、名がわからないままその人と
さし示したりする語。たれがし。なにがし。
(大辞林 第三版)
「代」は「代名詞」の略。
人の名称は名詞。
その代わりだから「代名詞」。
※ 日本語の代名詞の文法的位置づけには諸説ある
名前を出さずに、特定の人を指し示すための代用名。
代名詞の一種の「不定称」である。
名前を実際に知っているかどうかは問わない。
ふていしょう【不定称】
代名詞で、人または物、あるいは方角・場所などの
定まらないものを指示するもの。「だれ」「どれ」
「どちら」「どこ」などの類。
(広辞苑 第七版)
あえて名前を出さない配慮は、実社会ではよくある。
支障を来す可能性を考慮し、不定称などに置き換える。
上掲の国語辞典に例示されていないが、日常的には「誰々」
も多用される。現在では「たれがし」より一般的だろう。
だれだれ【誰誰】
■ 〚代〛
1. 列挙する人物が不明な時、また、具体的に挙げる
必要の無い時にいう語。誰と誰。
2. 名を示さずに人を指す語。だれそれ。
(広辞苑 第七版)
■(代)
不定称の人代名詞。
1. 不特定の単数の人をさす。だれそれ。
2. [古くは「たれたれ」]
不特定の複数の人をさす。
(大辞林 第三版)
※ 下線は引用者
–
◆ これまで挙げた不定称の「誰それ」「なにがし」「誰々」
などの英語版が、”so-and-so”。
基本的に、この1語で間に合う。
逆に、”so-and-so” の和訳は、文脈に応じて、
「誰それ」「なにがし」「誰々」などを適宜選ぶ。
選択肢が多い。
ーー
“so-and-so” は「代名詞」(pronoun)であると同時に、
3語をハイフンでつないだ「複合名詞」(compound noun)
でもある。
「複合名詞」は、3種類に区分できる。
-
単語1つ
(warehouse、desktop、password) -
ハイフン入りの単語1つ
(baby-sitter、mother-in-law、T-shirt) -
ハイフンなしで単語2つ以上
(ice cream、baby boom、junior high school)
“so-and-so” は「2. ハイフン入りの単語1つ」に該当する。
述語として使う際は、ハイフンなしの3語で表すこともある。
–
◆ 特筆すべきは、日英の不定称の使用動機が重なる点。
すなわち、”so-and-so” と「誰それ」などを使うきっかけ
が似通っているということ。
どのような場合に、不定称を持ち出すか。
既に国語辞典をご案内したため、まず日本語から考察する。
大まかには、2場面が考えられる。
(1)
具体的な名前を出す必要がないから→ 総称
–
(2)
その名前を出す価値を認めないから → 軽蔑
次に、3大学習英英辞典(EFL辞典)の語釈を見ていく。
“so-and-so”
■ 1. [uncountable] used to refer to a
particular person or thing when you
do not give a specific name
→ such and such
2. [countable] a very unpleasant or
unreasonable person – used when
you want to avoid using a swear word.
(LDOCE6、ロングマン)
■ informal
1. [usually singular] used to refer to a
person, thing, etc. when you do not
know their name or when you are taking
in a general way.
2. an annoying or unpleasant person.
People sometimes say so-and-so to
avoid using an offensive word.
(OALD9、オックスフォード)
■ informal
1. [uncountable] used instead of a
particular name to refer to someone
or something, especially when the
real name is not important or you
have forgotten it.
2. [countable] a polite way to referring
to an unpleasant person.
(CALD4、ケンブリッジ)
※ 下線は引用者
【発音】 sóuənsòu
3冊すべてが、黄枠と同一の趣旨を列記する。
すなわち、1と2ともに、ほぼ一致している。
対応する下線部を並べ、それぞれ検討してみる。
(1)具体的な名前を出す必要がないから → 総称
具体的な動機が明記されているのが、上記の広辞苑
「誰誰」と CALD4。
- 不明、必要の無い → forgotten, not important
- 総称 → in a general way
この用法では、抽象的な対象を指すため、不可算名詞。
(2)その名前を出す価値を認めないから → 軽蔑
英英辞典と異なり、前記の国語辞典には、
<軽蔑用法>は明示されていない。
だが、「苦手な人だから名に触れない」気持ちは
容易に想像できるはず。悪口を言うことで、自分
の品性を落としたくないとの矜持も感じられる。
<婉曲用法>とも言えるが、言い方次第で露骨な軽蔑
になりうる。→「何とかいう奴」「あの誰々」
- 極めて不快な人 → very unpleasant or
unreasonable; annoying or unpleasant
- 悪口を回避 → avoid using a swear word /
an offensive word; a polite way
この用法では「嫌いな人」を指すため、可算名詞。
(1)と(2)は、同じく名詞 “whatnot”
(など、その他いろいろ)とも酷似する
動機と使い方である。
言語は違っても、使い手の意図・動機が重なる
ため、使用場面も似通う好例2つである。
–
◆ LDOCE6 を除く2冊に “informal” 表示がある。
–
「非正式でくだけた表現」ということ。
確かに堅い言い回しではないものの、代わりが
思いつかないほどの決まり表現に違いない。
したがって、”so-and-so” 自体というよりは、
「誰それ」「誰々」という用途そのものが、
“informal” であると考えられる。
この点、日本語も似たようなものだろう。
ー
◆ 代名詞 “so-and-so” が、不定称の人代名詞の
代表格であり、かつ複合名詞であること。
–
そして、動機と使用場面が、日本語の「誰それ」
「誰々」などと重なる点をこれまでご説明してきた。
全体像がおよそ把握できたところで、いつものように、
表題を分解してみたい。
代名詞 “so-and-so” は、副詞 “so” と接続詞 “and”
をハイフンで結びつけた1語。
先述の「2. ハイフン入りの単語1つ」である。
副詞 “so” も 接続詞 “and” も、英単語として
最重要かつ最頻出。
中級学習者にとって、言うも疎かである。
- 重要度:最上位 <トップ3000語以内>
- 書き言葉の頻出度:最上位 <トップ1000語以内>
- 話し言葉の頻出度:最上位 <トップ1000語以内>
“so” には、副詞・接続詞・間投詞 がある。
【発音】 sóu
辞書によっては、さらに細かく区分して、
代名詞と形容詞を加える。
(『ランダムハウス英和大辞典 第2版』など)
語源は、古英語「そのように」(swā)。
“so-and-so” では、副詞「そのように」「そう」。
<代用>の副詞用法である。
そのため、”so” を「代名詞」扱いする辞書が出てくる。
日本語の副詞「そう」に意味と発音が似る。
「然う」と書く。
- even so
(たとえそうであっても)
– - if so
(もしそうならば)
–
- I think so.
(そう思います。)
– - I told you so.
(そう言ったはず。)
– - Not so.
(そうでない。)
– - Perhaps so.
(たぶんそうだろう。)
– - He didn’t do so.
(彼はそうしなかった。)
“so-and-so” でも、代名詞的な副詞 “so” で「何か」。
接続詞 “and”(及び)を挟み「何かと何か」が直訳。
有力な語源サイトによれば、初出は1897年。
「不特定の何か」(太字)の意味で、侮辱語
の婉曲表現として用いられたのが最初とある。
So-and-so is from 1596 meaning
“something unspecified“; first recorded
1897 as a euphemistic term of abuse.
https://www.etymonline.com/word/so-so
※ “euphemistic term of abuse”
= 婉曲的(euphemistic)な侮辱語(term of abuse)
侮辱語だから「何かと何か」よりは、
「何とかと何とか」の方がしっくりくる。
言葉を重ねることで、軽蔑を強化する感がある。
既述したように、軽蔑用法以外にも、
単純に知らない、または忘れた時にも使う。
それゆえに、文脈によってはリスクも伴う。
「誰それ」「誰々」の定訳とは言え、誤解を防ぐ
ためにも、むやみに使わない方がよいだろう。
「誰それ」であれば、”someone” や “somebody”
(誰か)の方が無難。
この2つにも<軽蔑用法>はあるものの、”so-and-so”
に比べれば、マイナー用法。
ー
◆ 本稿で見てきた通り、使い方と使用場面は「誰それ」
「誰々」「何とか」などと、かなり共通する。
ー
侮辱語としての使い道を考慮すれば、人間理解と
コミュニケーションスキルとも問われる語と考えられる。
- “Mr. So-and-so came here yesterday.”
(昨日、誰それという男性がここに来ました。)
(昨日、何とかという男性がここに来ました。)
– - “We should call them by their name, like
Mr. or Ms. So-and-so.”
(「誰々様」と名前で呼ぶべきだと思います。)
– - “She is from so-and-so. I forgot the place.”
(彼女はどこどこの出身。場所を忘れてしまった。)
– - “I wrote a letter to so-and-so.”
(ある人に手紙を書いた。)}
– - “She can be such a so-and-so sometimes.”
(彼女は時々、とんでもない人になる。)
– - “His boss is a difficult so-and-so.”
(彼の上司は、気難しいあっち系の人。)
– - “I really hate that so-and-so.”
(何とかっていうあの人、大っ嫌い。)
– - “He went to see so-and-so movie.”
(彼はほにゃららという映画を見に出かけた。)
– - “She is a big fan of so-and-so actor.”
(彼女はなんちゃらとかいう俳優の大ファンです。)
–
––
【類似表現】
- “such and such“、”such-and-such“
(これこれの、しかじかの)
ー - “whatnot“
https://mickeyweb.info/archives/25021
(など、その他いろいろ、その他もろもろ)
ー - “and the like“
https://mickeyweb.info/archives/25121
(など、及び同類のもの)