Not a fan
2020/03/23
あまり好きではない
I’m not a fan of my wrinkles.
あるアメリカ人女優の発言である。
40歳代半ばの頃。
雑誌のインタビュー記事で目にして、
「何言ってるんだ」と思った。
「私は自分のシワのファンではない」?
シワ好きな女性は、ほとんどいない。
そんなの当たり前。 わざわざ言うことかよ。
当時の私は、まったく分かっていなかった。
“I don’t like my wrinkles.” とのニュアンスの差。
読者に与える印象の違い。
きちんと受け入れつつ、やんわり否定するような、
“not a fan” の婉曲作用。
何にも知らなかった。
「シワは大っ嫌い!」などとわめきたくなる嫌悪感も
理解した上での、しっとり落ち着いた大人の言い振り
だったのである。
ー
◆ 常用する辞書の独立項目に、”not a fan” は存在
しなかった。
- LDOCE6 ロングマン
- OALD9 オックスフォード
- CALD4 ケンブリッジ
- COBUILD9 コウビルド
- Collins English Dictionary, 12th Edition コリンズ
- Webster’s New World College Dictionary, 5th Edition
ウェブスター - Macmillan Dictionary マクミラン
- Merriam-Webster メリアム ウェブスター
- Merriam-Webster’s Learner’s Dictionary
以上の9点すべてで、項目立てされていなかった。
ー
◆ 有力辞書に載っていないため、英語情報交換サイトで調べた。
ー
参考になったのは、次の2つの英文サイト。
専門家の手による解説ではないが、概ね的確だと考える。
https://ell.stackexchange.com/questions/74098
https://english.stackexchange.com/questions/419031
<要約>
(1)相手を傷つけない目的で使う。
ーー→ “the speaker uses in a non-derogatory fashion.”
ーーーーー※ “derogatory” = 軽蔑的な(形容詞)
(2)嫌っていることを露骨に言いたくないために使う。
ーー→ “you don’t want to explicitly state that you hate
ーー→ those people.”
(3)「私は好きでない」の慣用語
ーー→ “idiomatic way of saying ‘I do not like'”
(4)”fan” の語義から、無生物にも使う。
ーー→ 後述の “OALD9” の語釈を参照
(5)堅い文脈では使われない。
ーー→ “this expression is not used in a formal context.”
(6)”fan” の代わりに、以下の可算名詞も使える。
ーーー・ admirer(崇拝者)
ーーー・ follower(信奉者)
ーーー・ devotee(信者)
ーーー・ supporter(支持者)
ーー→ ※ 4語とも “fan” の同義語
◆ 表題 “not a fan” の直訳は「ファンでない」。
ー
“fan” の語源は、”fanatic”(熱狂的愛好者)の短縮形。
※ 扇風機 “fan” は、語源が異なる別物。 発音は同じ(fǽn)。
「ファン」はカタカナでも定着している。
日常用途は完全一致。
ファン 【fan】
[フアンとも]
芸能・スポーツなどの熱心な愛好者。また、特定の俳優・
選手・人物・団体などをひいきにする人。
(大辞林 第三版)
–
“fan”
a person who admires somebody / something or enjoys
watching or listening to somebody / something very much.
(OALD9、オックスフォード)
※ 人物に加えて、”something”(何か、無生物)も可
【発音】 fǽn
–
【英英辞典の基本表記】スラッシュ( / )=「または (or) 」
→ “somebody” または “something” のどちらでもよい
◆ 意味を強調(強意)するため、形容詞 “big”(大変な)
を加えることもある。
–
“a big no-no“(ご法度)と同じく、強意の “big” なので、
趣旨は変わらない。
“a big fan” =「大ファン」のイメージ。
表題の “not a fan” は、「大ファンではない」が直訳。
–
<本音>は「嫌い」に近いはず。
◆ “not a fan” は、be動詞に続けて “no fan”
とも表現できる。
–
「ファンではない」→「好きではない」のパターン
は同じ。
冒頭の一文であれば、
I’m not a fan of my wrinkles.
→ I’m no fan of my wrinkles.
be動詞 は「’m」。”am” の縮約形である。
趣旨は重なり「私は自分のシワが好きでない」。
しかし、”no fan” の方がより強い否定。
表題の副詞 “not” は、be動詞 “am” を否定するのに対し、
この形容詞 “no” は、名詞 “fan” を否定。
この場合、
”no” の方が “not” より否定の度合いが強い。
少し分かりにくいので、主格とbe動詞を変えてみる。
下線が be動詞。
- “She is not a fan of wrinkles.”
- “She is no fan of wrinkles.”
(彼女はシワがあまり好きでない)
ー - “We are not fans of wrinkles.”
- “We are no fans of wrinkles.”
(私たちはシワがあまり好きでない。)ー
副詞 “not” は be動詞(is / are)を否定。
形容詞 “no” は名詞(fan / fans)を否定。
否定が強いのは、”no” の方。
「どちらかと言えば」の強弱で、大差はない。
だから、言わんとしていることは共通する。
【参照】
・ “It’s no joke.” (冗談ではない)
・ “no need” (不要です)
・ “not an option” (その選択肢はない)
・ “No strings attached.” (条件なしで)
–
–
◆ それよりも差が出るのは、”don’t like” との違い。
- “I don’t like my wrinkles.”
- “I’m not a fan of my wrinkles.”
- “I’m no fan of my wrinkles.”
対象(シワ)を否定する意思は変わらないが、
受け手の印象は違ってくる。
一言で言えば、”I don’t like” は意思表明で完結。
他者への配慮のない言い回し。
“don’t like – ” は、基本的な英語表現である。
英語学習者でなくても通じやすい英語のひとつ。
–
“do not like – ” の縮約形であるが、英語ネイティブ間でも
“don’t” の方が日常的。
伝達上の工夫は含まない。
要は、自分の「嫌い」な思いを率直に表しているだけ。
「私は~が嫌いです」。 文法も単純。
ところが、一般的なコミュニケーションでは、むき出しの
感情表現は好まれない。
特に、否定的な気持ちのあからさまな表出は避けられる。
露骨にならぬよう気遣うことは、社会人ならば不可欠。
受け手の印象や関係者に与える影響 を考慮すれば、
ぴしゃり「嫌いです」などと、やたら放言できるものではない。
社会人であれば、いささか幼稚すぎる。
これは英語でも同様。
“don’t like – ” は、イヤイヤ期の3歳児でも使う。
清々しい素直さがあるが、周囲に対する視点はない。
大人の場合、場面次第では注意を要する。
そこで、重要なのが「婉曲表現」。
遠回しに表すことによって、角が立たないようにする。
受け手のため、関係者のため、つまり他者のためではあるが、
最終的には自分のため。
言葉遣いを含む気遣いに欠ける社会人は、コミュニケーション
能力に難ありとみなされがち。
結果的に、本領発揮せずに終わるキャリアも多いとのこと。
「ソフトスキル」の研究は、昨今盛んに行われている。
“hopefully” にて触れた話。 大切なので一部再掲する。
【参照】–※ 外部サイト、和文
- ハードスキルだけで出世する人はいない
- 人望のない人は「たった一言」が添えられない
- 「ハードスキル」と「ソフトスキル」を両立せよ
- ソフトスキルの重要性 “The Soft Skills Imperative“
(アデコ株式会社、PDF、4MB)–
ー
◆「嫌い」→「好きではない」。
さらに推し進めて、
「嫌い」→「好きではない」→「ファンではない」
日本語の例えとしては、しっくりこない気がする。
それでも、流れとして不自然さはないだろう。
“I don’t like – “(嫌い)よりは、”I’m not a fan of – ”
(ファンではない)と表現する方が露骨にならない。
この点さえ把握できれば、決して難しくない。
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◆ 和訳は、適宜状況に合わせて、むき出しを回避する。
具体的な人物が対象の際は、特に気を配る。
発言者が遠回しの表現を用いたのであれば、それを勘案し、
和文にも反映させるべきである。
ネガティブ感情の翻訳は、なかなか厄介である。
<本音>の察しはつくものだが、勝手に訳出しないのが基本。
- “I’m not a big fan of those people.”
(あの人たちをそれほど好いていません。)
ー - “He is not a fan of his teacher.”
(彼は自分の先生がそれほど好きでない。)
– - “The director is not a fan of the economic recovery plan.”
(長官はその経済回復計画が気に入らない。)
ー - “I’m not a big fan of swimming.”
(水泳があまり好きでない。)
ー - “I’m not a fan of wrinkles, so I wear sunscreen everyday.”
(シワが好きでないので、日焼け止めを毎日塗ります。)
ー - “We are no fans of removing wrinkles by surgery.”
(私たちは手術でシワ取りすることを好みません。)
ー - “She is not a big fan of Botox.”
(彼女はボトックスがあまり好きでないです。)
–
最後まで、冒頭のシワ(皺)を引きずってしまった。
“wrinkle” の発音は、ríŋkl
化粧品「ドモホルンリンクル」の「リンクル」。
語源は、形容詞 “wrinkled”(ねじれている)。
ここでは可算名詞で、通常は “s” つきの複数形。
人体については、1本のシワを取り上げる機会はまれ。
加齢により増える一方ゆえか、複数形が普通である。