実現することが難しい、実現困難な
この形容詞の定訳は「非現実的な」。
どの英和辞典にも、こう書いてある。
“not realistic” と同義だが、1語の “unrealistic”
の方がすっきり言いやすい。
接頭辞 “un”(非)+
形容詞 “realistic”(現実的な)
なので、文字通りである。
よって、「非現実的な」の定訳は適切。
だが、数多くの使用場面に触れてくると、
この和訳では間に合わないことに気づく。
なんだか違和感が生じるのだ。
この傾向が顕著に見られるのは、ビジネス場面。
会議やブリーフィングで “unrealistic” が
使われる時、単に「非現実的」だと述べたいわけ
でないことに気づく。
It seems unrealistic.
会議中、時々耳にする。
頻出には至らないが、珍しくもない。
そんな位置づけにある “unrealistic”。
この一文を英和辞典に忠実に訳すと、
「それは非現実的な気がする」
「それは現実的でない気がする」
–
◆ しかし、ビジネス会議において、そうそう
「非現実的」なことを俎上に載せるだろうか。
それが突拍子もない案であると、複数の関係者の前で
指摘するに等しい発言である。
もしそうでないとすれば、妥当な案を「非現実的」
と判断し、切り捨てようとしていると推察できる。
真剣に考えることを放棄したかのような、プロとして
疑われる姿勢を自らさらしているのである。
どちらにしても、どことなく不自然である。
大意は同じ。
だが、微妙な差を感じる。
それが「ニュアンス」の違い。
ニュアンス
色・音・調子・意味・感情などの微細な差異。
(広辞苑 第六版)
表情・感情・色彩などの微妙な意味合いや色合い。
(大辞林 第三版)
上述の「どことなく不自然」を感じる主な原因は、
和訳のニュアンスが違うからだと私は考える。
言葉のニュアンスを皮膚感覚でとらえるスキルは、
プロ翻訳者の要件の1つである。
–
◆ ビジネス用途の “unrealistic” の場合、
「非現実的」「現実的でない」よりは、
「実現することが難しい」との意味合いの方が
しっくりくる。
両者は同義、と思う節もあるかもしれない。
では、よく比べてみてほしい。
「実現することが難しい」は、
<自分たちで実行する>立場で結論する。
既存のリソース(ヒト・モノ・カネ・時間)
で、本当に実現できるだろうか
「現実的でない」ことの指摘に加えて、
使い手の本意はさらに突き詰めたところ
にある場合が多い。
一歩踏み込み、当事者意識(ownership)
に富む意見。
それが「実現することが難しい」。
目の付け所が、ビジネスパーソンである。
実情を踏まえ、しっかり頭を絞っている。
–
◆ 一方、「非現実的」は<他人事>のように、
遠巻きに眺める感じ。
「できね〜よ」と無責任に言い放つ語感が伴う。
下手すれば、次の夢物語と同列の扱いに
なってしまう。
– 呼吸しないのは非現実的
– 不老不死は非現実的
– 空を飛ぶのは非現実的
こんな意味合いをも含むのが「非現実的」。
大して考えることもなく、所与の客観的要件を
ほじくり、具体策の考察に至らない。
つまり、真剣さに欠ける。
そこにあるのは「現実的=できる」か
「非現実的=できない」かの二者択一。
–
こんな二分割思考では、ビジネスの前進は見込めない。
“Plan A”、”Plan B”、”Plan C” など複数用意し、
あらゆる角度から検討し続けない限り生き残れない。
変化の激しい現代は、なおさらである。
現段階でも実現できる部分を洗い出したり、
手段とプロセスの見直しなどの調整をかけたりしつつ、
落とし所を探る。
こうした幾多の経歴を経てきたビジネスパーソンが、
「非現実的」という言葉を、会議の場で安易に放つ
わけない。
“unrealistic”
unrealistic ideas or hopes are
not reasonable or sensible.
(ロングマン、LDOCE6)
“reasonable”= 妥当な(形容詞)
“sensible” = 分別のある(形容詞)
【発音】ˌʌnrɪəˈlɪstɪk
以上より、ビジネス用途の “unrealistic” は、
「実現することが難しい」が的確なケースが
多いと考える。
- “This plan is unrealistic.”
(この計画は実現が難しい。)
– - “We don’t need an unrealistic target date.”
(実現するのが難しい目標期日は不要。)
– - “Your demands are too unrealistic.”
(あなたの要求は実現が難しすぎる。)
– - “It would be unrealistic to expect so much.”
(そんなに期待しても実現は難しいはず。)
– - “I’m sick and tired of her unrealistic expectations.”
(実現困難な彼女の期待にうんざりしている。)
– - “Thank you for your unrealistic advice.”
(実現困難なアドバイスに感謝します。)※ 皮肉
この6文とも、「非現実的」に置き換えても大意は変わらない。
それでも、上記の方が馴染みやすいだろう。
「ニュアンス」の視点は、ビジネス英語でも大切である。
形容詞「実現可能な」頻出トップ5
※ LDOCE6 表記及び私見に基づく
- possible (impossible)
- likely (unlikely)
- feasible (unfeasible)
- viable (inviable = 生存不能)
- achievable(unachievable)
カッコ内は対になる語。
ただし、”inviable” は「存続不要・生存不能」で、
唯一「実現不可能」の意味が希薄。