背景、 状況
「 バックドロップ 」と聞けば、
人によっては、即座に浮かぶのがこちら。
–
プロレスの投げ技である。
バックドロップ 【backdrop】
プロレスの技の一。
手の背後から腰に抱きつき、
自分の体を後ろに反らせながら相手を頭越しに
背後に投げつけるもの。
後ろ脳天逆落とし。 岩石落とし。
(大辞林 第三版)
※ 下線、太字は引用者
背後に(back)、投げ落とす(drop)から、
“backdrop”。
この「 岩石落とし 」(がんせきおとし)を含め、
相手を自分の背後に倒し込む技の総称は、
「スープレックス」。
“super excellent” な大技だから “suplex”。
プロレスの投げ技は、柔道の裏投げの影響を
受けて発展したとの説がある。
–
◆ 本稿の “backdrop” は、レスリングとは無関係。
ここでは「背景」の語義を取り上げたい。
語源は、演劇用の「背景幕」(はいけいまく)。
イメージとしては、こんな感じ。
–
” back ” は、プロレスと同じく、 形容詞「 背後の 」。
” drop ” は動詞「 落とす 」ではなく、
” drop curtain “( 垂れ幕 )由来なので名詞。
–
ドロップ【drop】
■ 舞台の間口全体に渡って背景の描かれた幕。
( 知っておくと便利な舞台用語集 )
■ 演劇、舞踊などのそれぞれの場面に必要な背景
が描かれた背景幕の事。
( セット図の読み方 )
※ 下線は引用者
–
背後の垂れ幕だから「 背景幕 」。
撮影の「グリーン スクリーン」を想像するとよい。
口頭では “a shooting backdrop“(撮影用)などと言う。
実際には「場面に必要な背景」(下線部)が描かれる。
“back cloth” とも言う。
正式名称はともかく、”backdrop” でも市販されている。
アメリカのアマゾンやイーベイで売っている。
–
◆ 「背景」の成り立ちは「背景幕」から。
視覚的に把握しやすいので、学習者には助かる。
あとは用法を学べば、”backdrop” の基本はOK。
日本語の「背景」と用法も重なるため、なおさら
理解しやすい。
“backdrop” は、重要でも頻出でもない単語。
今回調べた9点の英英辞典の各指標では、
完全にノーマークであった。
にもかかわらず、ここで取り上げる理由は、
- 時事ニュースに時々出てくる
- 初めて見聞きすると、意味が推測困難
- 日本語「背景」との突合が勉強になる
頻出でないものの、ニュースではキーワードに近い。
しかし、”backdrop” が「背景」を意味することは、
きちんと学ばない限り、分からないだろう。
目に見える語源なので、一度覚えると忘れにくい。
上掲の絵柄は、あえて どでかく 作図した。
“backdrop” を想起する糸口となれば幸いである。
–
◆ ” backdrop ” の品詞は名詞のみ。
可算名詞であり、 不定冠詞 ” a ” がつく。
” against ” に続く場合、 定冠詞 ” the ” も同程度に
使う( 後述 )。
意味は3つ。
- 背景、 状況
- 背景( = 背後の景色 )
- 背景幕( 語源そのもの )
–
※ レスリング用「 4. 岩石落とし 」
( 上図参照 )
派生の流れは、3 → 2 → 1。
学習すべきは、1 → 2 → 3。
1に比べれば、2と3は単純。
先の図でけりがつくほど。
よって、優先すべきは、1「背景、状況」。
これが、ニュース用法に該当することは、容易に分かるはず。
今回の英英辞典9点すべてが、1~3を網羅する。
2項または3項に分かれるが、内容は黄枠そのもの。
◆ 以下、1「背景、状況」の語釈を一挙ご紹介。
“backdrop“
■ the conditions or situation in which
something happens.
(LDOCE6、ロングマン)
■ the general conditions in which an
event takes place, which sometimes help
to explain that event.
(OALD9、オックスフォード)
■ the general situation in which
particular events happen.
(CALD4、ケンブリッジ)
■ The backdrop to an event is the
general situation in which it happens.
(COBUILD9、コウビルド)
■ the background to any scene or
situation.
(Collins English Dictionary, 12th Edition)
■ the situation or place in which
something happens.
(Macmillan Dictionary)
■ the setting or conditions within which
something happens.
(Merriam-Webster’s Learner’s Dictionary)
■ background
(Merriam-Webster)
■ background or setting, as of an event.
(Webster’s New World College Dictionary,
5th Edition)
※ 下線は引用者
【発音】 bǽkdrɑ̀p
【音節】 back-drop (2音節)
どれも「背景、状況」を指す。
個性豊かな記述と言いたいところだが、
実質3語に集約される。
- conditions
- situation
- background
英英9点とも、少なくとも1語を含む。
ー
◆ これに対し、主な国語辞典では、
「背景」
■ 人や事件などの背後にあるもの。
また、背後から支えるもの。
(広辞苑 第七版)
■ 物事の背後にひそんでいる事情。
背後にあって物事を支えている事柄。
(大辞林 第三版)
■ 背後の事情。
背後から支えていることがら。
(三省堂国語辞典 第七版)
■ 物事の背後にあってそれを成立される
事情や存在。
(明鏡国語辞典 第二版)
■(比喩的に用いて)ある物事に関する
隠れた事情や背後の勢力。また、思想・
行動の根拠となるもの。よりどころ。バック。
(精選版 日本国語大辞典)
※ 下線は引用者
国語5点をまとめると 「背後の事情」。
したがって、英英9点と国語5点を結ぶと、
「背後の事情」
= background conditions / situation
backdrop
【発音】 bǽkdrɑ̀p 【音節】 back-drop (2音節)
それほど難しくないだろう。
英英9点の語釈も、中級学習者なら難なく読めるレベル。
ー
◆ さらに、”backdrop” には明確な使用パターンがある。
決まりきった言い回し、すなわち確立したコロケーション
(連語)が存在する。
以下、『オックスフォード コロケーション辞典』
から転載。 コロケーション辞典の代表格である。
“Oxford Collocations Dictionary for
Students of English“(アプリ版) から転載。
※ 漢字は追加
私たち日本人学習者にとって、着目すべきコロケーション
は、<動詞>と<前置詞>。
名詞 “backdrop” の場合、最重要なのは、下線部の
against a / the backdrop of
→ “against a backdrop of” または “against the backdrop of”
抜きで案内する辞書も数多い (LDOCE6など)。
対象・関連の前置詞「~に関して」「~における」。
ほぼ唯一である。
残りの文言は、英文法・英単語の基礎知識から
類推可能。
- “Against this backdrop, they were trying
to move forward.”
(こうした背景の中、彼らは前進しようとしていた。)
– - “Against a backdrop of war and despair,
the two got married.”
(戦争と絶望の中、2人は結婚した。)
–
- “Their friendship began against a
backdrop of bullying.”
(いじめを背景に、彼らの友情は始まった。)
–
- “As a backdrop to the plan, there seem to be
many disgruntled employees around.”
(この計画の背景には、不満を抱いた従業員
が大勢いることが挙げられる。)
–
- “That is the backdrop to its rapid growth.”
(急成長の背景はそれである。)
【参考】 ※ 外部サイト
- backdropってプロレス技 ? 仕事で使えるニュース英語
デイビッド・セイン
https://style.nikkei.com/article/DGXZQOLM189WH0Y2A310C2000000
2022年3月24日付