宙ぶらりんな状態にある
軽やかな語感が愉快な 「 リンボー 」。
【発音】 límbou
【音節】 lim-bo (2音節)
しかし、 実際の見せ場は暗い。
–
“limbo” の出番は、不確かな様子の描写場面に訪れる。
したがって、 受け手を憂鬱にしがち。
ー
◆ 「 リンボー 」と聞けば、 「 リンボーダンス 」を
思い浮かべるかもしれない。
低い水平棒を反り身でくぐり抜けるのが
“limbo dance”。
–
–
スペルは同じだが、語源は異なる。
こちらは、形容詞 “limber”(しなやかな)が出処。
要するに、まったくの別物である。
おまけに、”the” つきの項目立て。
“the limbo”
a West Indian dance in which the dancer leans
backwards and goes under a stick that is lowered
gradually.
(LDOCE6、ロングマン)
ー
◆ 表題 “limbo” の成り立ちは、キリスト教にある。
ー
中世ラテン語「地獄の縁(ふち)」(limbus)。
地獄と天国の間にある場所 を指す。
辺獄(へんごく)とも言う。
具体的には、洗礼を受けなかった幼児(unbaptized infants)
やキリスト降誕前に亡くなった善人 (pre-Christian saints)
の霊魂が住む場所。
「リンボ」
〘名〙(ポルトガル limbo) キリシタン用語
1. 洗礼を受けないで死んだ子ども、異教徒、
キリスト教に接する機会のなかった人などの
霊魂の行く所。 地獄と天国との間にあるという。
2. 世の始めからの善人たちの霊魂が住んでいた所。
(精選版 日本国語大辞典)
※ 下線は引用者
「地獄と天国の間」の場所ということで、
次のようなどっちつかずの状態を表す。
これらは “limbo” 関連の和訳として使われる。
- 宙ぶらりん
- 不安定
- 不確実さ
- 中途半端
- 店晒し
ちゅうぶらりん
(「中ぶらりん」「宙ぶらりん」と書く)
空中にぶらさがった状態であること。
また、どちらともつかないで中途半端な
状態であること。 「ちゅうぶらり」とも。
–
たなざらし 【店晒し】
1. 商品が売れずに長く店にさらせれていること。
また、その商品。
2. 比喩的に、物事が解決されずに放置されている
こと。
–
(広辞苑 第七版)
◆ 「状態」を表すから形容詞と思いきや、
“limbo” は 名詞のみ
「状態」ではなく、そのような「場所」ないし
「立ち位置」を表す。
だから、名詞。
和訳時は、自然な日本語にするため、形容詞
のように訳出するのが普通。
これが、誤解を招く。
ー
日本語母語話者が、間違いやすい鬼門。
【参照】
・ “aware” は動詞でなく、形容詞
・ “vocal” は動詞でなく、形容詞
・ “sick” は名詞でなく、形容詞
・ “dead” は動詞でなく、形容詞
・ “necessary” は動詞でなく、形容詞
日英では言語ルーツが大きく異なる。
言語学的に、系統的関連性が認められない。
当然、文法も格段に違う。
分かりやすい日本語に置き換えるため、品詞を
またがる和訳は普通に行われている。
その逆の英訳も然り。
後述の例文もご多分に漏れず、形容詞のように
和訳している。その方がスムーズなのだ。
それでも、 “limbo” 自体は「場所」そのもの を示す。
この点を確実に理解することが重要である。
–
このからくりを押さえておけば、日英の品詞の違い
で混乱しにくくなり、典型的な陥穽を回避できる。
“aware“、”vocal“、”conclusive” にて、かなり深堀りした論点
なので、ぜひご覧いただければと思う。
–
◆ 3大学習英英辞典(EFL辞典)の語釈も、もちろん名詞。
–
3本の下線に着目。
“limbo”
■ [singular, uncountable]
a situation in which nothing happens
or changes for a long period of time,
and it is difficult to make decisions or
know what to do, often because you
are waiting for something else to happen
first.
(LDOCE6、ロングマン)
■ [singular, uncountable]
a situation in which you are not certain
what to do next, cannot take action, etc.,
especially because you are waiting for
somebody else to make a decision.
(OALD9、オックスフォード)
■ [uncountable]
an uncertain situation that you cannot
control and in which there is no progress
or improvement.
(CALD4、ケンブリッジ)
【発音】 límbou
【音節】 lim-bo (2音節)
※ 下線は引用者
LDOCE6 と OALD9 は、長文の複文で、
分かりにくく、今回はいただけない。
–
瓜二つに近い記述で、欠点込みで酷似する。
よくある話だ。
最もすっきり明解なのは、CALD4。
「 進歩や改善が見られず、自らコントロール
もできない 不確かな状況 」 (参考和訳)
3本の下線は、すべて「状況」。
「~のような状況」「~のような状態」
として、接続的に言い表す場合は形容詞。
“limbo” は「状況」自体なので名詞。
上掲の英英辞典にある “singular” とは、
「単数名詞」(singular noun)のこと。
–
単数形で使われるのが一般的な名詞。
“uncountable”(不可算名詞)と併記されている。
よって、”limbo” は「不可算の単数名詞」である。
そのため、無冠詞が通例。
–
◆ もう一度、CALD4の語釈(参考和訳)に戻る。
「 進歩や改善が見られず、
自らコントロールもできない
不確かな状況 」
これに加えて、LDOCE6 と OALD9 にあるように、
意思決定も困難。そこで、にっちもさっちも行かなくなる。
–
自己決定できないため、どうにもならず、宙ぶらりん。
仕事をする上で、こんな経験は珍しくないだろう。
自分が主導権を握る立場にいれば、どうにかなるのに、
と地団駄を踏んで悔しがったりする。
このような、いかんともしがたい中途半端さは、
個人レベルにとどまらない。
–
社会のあらゆる体制・組織に見られる不満である。
中堅以上の社会人であれば、想像がつくだろう。
耐えきれず病んでしまう、真面目な人は少なくない。
つまり、“limbo” は実社会に遍在する状況。
英単語全体からみれば、取り立てて重要でも頻出でもない。
LDOCE6 の全3項目は、見事ランク外。
- 重要度 :9000語圏外
- 書き言葉の頻出度:3000語圏外
- 話し言葉の頻出度:3000語圏外
ところが、ニュース紙面にはそれなりに出てくる。
口頭でも耳にする。
冒頭にて、”limbo” の使用場面は「暗い」と書いた。
“limbo” が伴う絶望的な暗さは、私たちが体験的に
把握できる欲求不満に他ならない。
–
◆ 表題を “in limbo” としたのは、これが
最も多用されるパターンだからである。
その一因は、中世ラテン語の<成句>として、
“in limbō”(地獄の縁に)として使われてきたため。
<場所の機能>としての前置詞 “in” を伴い、
「宙ぶらりんな状態にある」ことを示す。
定訳はないので、内容に合わせて適宜和訳する。
イライラする気持ちを、うまく訳出できるとよい。
宙ぶらりん
- “My life seems stuck in limbo.”
(俺の人生、手詰まった感じ。)
– - “We’re in limbo until he gives the approval.”
(あの人が承認するまで、こっちは宙ぶらりんだ。)
– - “She will remain in limbo if you refuse her.”
(彼女を拒んだら、中途半端なままになる。)
– - “Their status is still in limbo.”
(彼らの地位はまだ決まっていない。)
– - “She was put into political limbo.”
(彼女は政界から葬り去られた。)
– - “Investors left in limbo by fraud case”— ※ ニュース見出し
(詐欺事件で不安定な立場の投資家たち)
– - “This drug remains in legal limbo.”
(この薬物は今も法的にあいまいな状況です。)
– - “I was in limbo until the school wait-listed me.”
(あの学校の補欠入りするまで、私は宙ぶらりんだった。)
– - “We were in limbo, trying to decide what to do.”
(どうしようかと決めかねて、不安定な状態だった。)
– - “I found myself in limbo.”
(中途半端な状態の自分に気づいた。)
– - “Stop leaving suspects in limbo”— ※ ニュース見出し
(容疑者をほったらかしにするな)
– - “The cruise ship is in limbo off the coast.”
(そのクルーズ船は、沖合に足止めされている。)
– - “Summer camps are in limbo“— ※ ニュース見出し
(サマーキャンプはどうなるか)
– - “Markets in limbo”— ※ ニュース見出し
(定まらぬ市場)
– - “Restaurants in limbo”— ※ ニュース見出し
(飲食店の行方は宙ぶらりん)
– - “The film was in limbo for 50 years.”
(その映画は50年間も放置されていた。)
(その映画は50年間も日の目を見ることがなかった。)
– - “COVID-19 relief bill remains in limbo“— ※ ニュース見出し
“Covid-Aid Bill Stuck in Limbo”–
(新型コロナの救済法案は依然未定)
– - “Pandemic aid remains in limbo”— ※ ニュース見出し
(宙に浮くパンデミック支援)
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◆ 最後に、今一度ご確認。
“limbo” は 名詞。
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【関連表現】
■ ” the Children’s Limbo ” ( 賽の河原 ) ※ 定訳
さいのかわら 【賽の河原】
《名》
親に先立って死んだ子供が行くという、
三途の川の河原。 ここで子供は親の供養
のために小石を積み上げて塔をつくろう
とするが、何度も何度も地獄の鬼にくず
されたのち、ようやく地獄菩薩によって
救われるという。
むだな努力のたとえにも使う。
( 明鏡国語辞典 第三版 )
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(名) 《仏》
死んだ子どもが地獄で、父母の供養の
ために、石を積んで塔を作り、作っては
鬼にくずされるといわれる所。
( 三省堂国語辞典 第八版 )
やや物足りないので、日本最大の国語辞典と名高い 『 日国 』もご紹介。
「 リンボ 」で引き合いに出した『 精選版 』の本家本元(全13巻+別巻)。
以下「 さいのかわら 」全文。
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『 日本国語大辞典 第二版 』第5巻、 pp.1323-1324.
小学館( 2001年刊 )より転載※ 傍線は引用者
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詳細な「 用例 」「 語源 」「 方言 」は、 日本随一である。