英文法の参考書 『一億人の英文法』
2022/06/19
- 網羅性 : ★★★★★ ( 充分網羅している )
- 読みやすさ : ★★★★★
( 配色・書体・画像・枠組みに配慮が行き届き、引き込まれる見やすさ ) - 難 ⇔ 易 : ★★★★☆ ( 詳細な説明で手が込んでいる )
- 学参 ⇔ 専門書 : ★★★☆☆
( 副題 「 すべての日本人に贈る 『 話すため 』 の英文法 」 ) - 中級者 への推奨 : ★★★★★
( 実務的な深みがあり、大学入試に限定されない充実ぶり ) - 目次と索引 : ★★★★★ ( 両方とも丁寧な作り )
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【 概評 】
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TBD–
【発音】ˌtiː biː ˈdiː
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『 一億人の英文法 』
大西 泰斗、 ポール・マクベイ (著)
東進ブックス、 2011年刊
A5判、 688頁、【 「アプリ」及び「CDブック」は別売り 】
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物の見事にまとめ上げた、完成度の高い文法書である。
「 飛びぬけて優れている 」 と言いたいほどの集大成。
読みやすさに徹した、配慮の行き届く構成が目を引く。
落ち着いた渋い色味のオールカラーで、 書体と枠組みに創意
工夫がうかがえ、 文章とイラストの配置も巧みに整っている。
イラストは全部、 著者( 大西氏 )自らが描いたという気の入れよう。
使用紙は、 かすかに黄みを帯びた薄クリーム色で、 目に優しい感触。
見た目が心地よく、 開始前にして、 知的刺激と好感をそそり立てる。
魅力的な外観ゆえに、 好印象を受ける相手は、 人間に限らないのか。
◆ まずは、 帯からチェック。
「 話すため 」の英文法が 日本の英語を変える。
「 話すための英文法 ! 」
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どこぞの見出しばりに、 多彩を極める帯であり、 先に掲げた表紙
同様 「 話すための英文法 」 のキャッチで、 首尾一貫している。
この旗幟鮮明な方針を、 きっちり具現するのが、 本書の強み。
笑顔で仲良く肩を寄せ合う姿は、 場末の居酒屋でたちまち意気投合した
おっさんたちの 「 ほろ酔い気分でツーショット 」風に見えなくもない。
いいえ。 滅相もない。
こちらのご両所こそが、 画期的な 『 一億人の英文法 』 を、
この世に送り出してくださったのだ。
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本書カバーの折り返し(「 そで 」)
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ご両人そろって、立派な経歴の持ち主である。
「 共著, テレビでの共演多数 」と鬼に金棒の二人組。
その叡智を結集した1冊が、学参価格で入手できる幸せよ。
これほど輝かしいプロフィール欄に、先ほどの生酔いめいた、
ご近影を使い回すのは、ちょっといただけない。
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◆ 学生対象の学習参考書( 学参 )の場合、 新旧入り混じって
立ち並ぶ教材の山々から、 明確に差別化を図る必要がある。
若者に向けて、 特色を端的に伝える姿勢と技量が問われる模様。
前出の著者 プロフ に加えて、 表紙カバーを内側に折り曲げた
「 そで 」部分を飾るのが、 次の「 特長 」。
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「 話せる英語 」を最速で達成するための文法書
高校生から 社会人まで すべての人が 読者対象
「 大学入試はもちろん、社会で実際に英語を使うため
おおいに役立ちます。」本書カバーの折り返し(「 そで 」)
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「 本書が対応する大学受験のレベル 」がグラフ化
されているので、主目的は入試対策と考えられる。
今一つ、意味が読み取りにくいグラフと感じる反面、
箇条書きのチェック欄は、押し並べて分かりやすい。
「 高校生から社会人まですべての人が読者対象 」、
「 英語を必要とする 日本人すべて 」と明記してある。
ざっくり言えば、 国民全体が対象ということ ?
だから、「 一億人の 」英文法 ?
英語教材にありがちな大風呂敷、 つまり現実味に乏しく、
不相応に崇高すぎる理念に該当するかどうか。
これから検証していきたい。
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◆ 上掲「 本書の特長 」を具体的に説明するのが、 以下4頁。
「 特長 」ではなく「 特徴 」とあるから、特別すぐれた利点以外の
説明も展開されているはず。
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「 本書の特徴・使い方 」 ( 全4頁 )
続きます。insert
◆ 丁寧な記述に感心しつつ、結びの(5)に差し掛かって、驚き入った次第。
最後に、 酷烈なご鞭撻が待ち受けていた。
これまでの穏当なご指導と打って変わり、なによ、いきなり。–
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p. 7. 「 本書の使い方 」
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「 高校生なら10日以内に本書を読破し、英語の輪郭をつかみとる
ぐらいの知性と勢いが必要です。 大丈夫だよ, カンタンだから。 」
えええっ !?
そのレベルの「 知性 」を、高校生に求めるの ?
「 大丈夫だよ, カンタンだから 」 って …
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◆ ご指示通り、やってみたけど、全然 「 カンタン 」 でなかったぞ。
高校卒業後、 何十年も勉強し、 なおかつ英語の実務に長年従事して
きたものの、 とてもじゃないが 「 カンタン 」 には思えなかった。
「 英語の輪郭をつかみとるぐらい 」 とおっしゃるけれど、
「 輪郭 」 を把握するまでが、 とてつもなく長い道のりなのです。
当初は私も、「 深さ50cm、 最深せいぜい2m 」 くらいに見積った。
けれども、 実相は底なしの奈落であることを、 数十年後に知りました。
職業選択を間違ったかも、 と絶望して泣きました。
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◆ 思うに、
◇ 日本語母語話者( 日本語ネイティブ )の場合、
「 10日以内 」でつかめる「 英語の輪郭 」 など、
単なる 「 幻想 」 にすぎない。
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おそらく、 間違いだらけの「 輪郭 」 になりやすく、 まあ危険。
つかめるとすれば、 多分、 それは日本の「 受験英語 」の「 輪郭 」。
日英は、 文法のみならず、 発音・音節・語順にも共通点は乏しい。
言語系統が別次元 なので、 糸口が得られがたく、 ハードルが高い。
日本語は、 今なお起源不詳であり、 系統不明な 孤立言語 とされる。
英独仏を含む、 大規模な印欧語族( インド・ヨーロッパ語族 )に、
縁もゆかりもない点は、 幾多の専門家による論証が裏打ちする。
【参照】 インド・ヨーロッパ語族系統図 ※ 外部サイト
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◆ 本物の「 輪郭 」は、 はるか彼方に存在すると認識する方が正しい。
例えば、「 冠詞 」「 時制 」「 前置詞 」 は、勉強すれば勉強するほど
混乱し、 胸突き八丁の プラトー を乗り越え、 ようやく土台が固まる。
中級・上級の英語学習者であれば、 ご体験済みのしんどさに違いない。
私なんか、 40年以上も毎日掘り続けているが、 未だに底が知れない。
掘っても、 掘っても、 定まってくれない 「 英語の輪郭 」。
何を隠そう、 脳に渦巻く猛烈な焦燥のあまり、 半ベソかきながら、
勉強したり翻訳したりと、 情けないあがきの、 星霜ここに幾十年。
受験が苦しいのは言うに及ばず、 プロになっても、 なかなか大変。
やっと勘所を押さえた、 と喜びも束の間、 新たな疑問がすぐ浮き
上がるから、 いつまでたっても、 輪郭がおぼつかない状態のまま。
にもかかわらず、 食い扶持を英語で稼ぎ、 ブログをも書いている。
母語の日本語とは、 言語的に完全に別物なのだから、 そう簡単な
わけないのである。
【参照】 ” no need ”
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◆ 本書全編に散りばめられているキーワードが、
- ネイティブの 感覚
- ネイティブの 意識
- ネイティブの キモチ
これらを、至れり尽くせり図示し、解説している心意気は素晴らしい。
本書に限らず「 ネイティブの ○○ 」を日本語でじっくり解き明かす
英文法書は増えてきており、 このこと自体は望ましい傾向と考える。
ところが、
◇ 日本語母語話者にとって、
「 感覚的に 」とらえにくいのが、
ネイティブ( 英語母語話者 )の感覚
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手取り足取り教えてもらっても、 あらかた「 よく分からない 」。
なんとなく頭では分かった気になるので、 英会話・英作文の際に、
喜び勇んで 「 ネイティブの意識 」 を試みるが、 戸惑うばかり。
—–ちゃんと覚えたはずなのに … なんで …
実のところ、上辺だけの見せかけの英語力だったことに気づき、自身の
自惚れた勘違いに愕然とするのも、 おおよそ 中級学習者に達してから。
私もそうだった。
悔しくて、 意地になって、何度も読み込むが、一向に合点がいかず、
自信をもって活用する水準に到達することはなく、 成長が止まる。
これが、先述の 「 胸突き八丁の プラトー 」。
半ベソ期の到来。
頑張るのが馬鹿らしくなってきて、 なにもかも投げ出したくなる。
—–こんなのやってられるかよ … くだらね …
母語に比べて、「 言語系統が別次元 」とは、こういうこと。
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■ 学習上の手掛かりを、日本語から得にくく、
習得の困難なのが英語。
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■ 母語を踏み台にして、理解への足掛かり
を作る好機が、極端に少ない。
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◆ 英語もじりの和製語やカタカナ語は、大意をつかむ目的では確かに有効。
しかし、大半の外来語は、両言語間の文法の壁を乗り越える力量に欠け、
そのまま適用できず、英語学習の難易度をむしろ上げている印象がある。
カタカナで学ぶ英語学習法は、昔から、出ては消えての繰り返しで、正統
な手法として浸透しなかった理由に、このような理屈があると私は考える。
本当に効果があるならば、 日本人の英語力は今とは違う形になっていた。
日英の文法に精通している指導者は、 きっとお勧めしない学習法である。
【参照】 詐欺教材大国の日本、
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■ 「 本能的に 」 習い覚えた第一言語( 母語 )の影響力は、常に絶大
■ 人間は言語を用いて考えるため、母語こそ「 思考の土台 」を形作る
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一般的な環境に育った日本人が、 どうやって学んでも、
「 感覚的 」には身につかないのが英語であり、
もはや宿命的なもの、 と言い切っても過言ではない。
言語面にとどまらず、物事の見方を左右する、文化的な違いも顕著。
そのため、ある程度の「 異文化理解力 」を具えていなければ、
円滑なコミュニケーションは遠のく。
語学力と両輪をなす能力 で、 これまた修めるのに時間を要する。
それなりに高度な語学の4技能「 聞く・読む・書く・話す 」の実現
には、文化的側面に対する教養が欠かせない。
異文化を知ることは 「 語学力より不可欠 」 と説く論も根強い。
国際結婚が難しいと言われるのは、 言葉のみの問題であるまい。
ネイティブの視点や思考を、 机上で知ったからとて、
おいそれと会得できるわけなく、 紙上に兵を談ず。
大抵は限界を伴う。
ほぼ無意識に作用する「 感覚 」へ、すっと吸収される見込みは薄め。
したがって、自然な流れで、すとんと腑に落ちるような学び方は、
私たち日本人には「 現実的でない 」と自覚する方が妥当だろう。
こうした話は、 “ conclusive ” と ” integrity ” に事細かに記した。
結局、 英語が苦手なまま、 ぽっきり心が折れてしまう。
「 あんなに、頑張ったのに … 」
日本人の大勢に見られる、 哀しい現象である。
◆ 「 前置詞3年、冠詞8年 」は、先達の経験を踏まえた教え。
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『 英語の冠詞がわかる本 改訂版 』正保 富三 (著)
研究社、 2016年刊
四六判、 180頁
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「 何十年勉強しても、冠詞の用法を体得するのは至難である。 」
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さらに、英学界の巨人、斎藤秀三郎(1866-1929)いわく、
- ” English, though a comparatively easy language,
is far from being so to the Japanese student. ”
( 英語は比較的平易な言語であるが、日本人学習者に
とっては、平易から程遠い。 )
– - ” a pronunciation wholly alien to that of his mother-tongue ”
( 母語の発音に対し、完全に異質な発音 )
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p. 5 “ PREFACE ”
『 正則英文教科書 第4冊 ( 第4学年用 ) 』
斎藤秀三郎 (著)
興文社、 1908年刊
–※ 斎藤秀三郎は、世界初の EFL辞典を生んだ 影の立役者
→ 辞書は「 紙 」か「 電子版 」
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同感します。
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◆ よって、「 大丈夫だよ, カンタンだから。」 では後味が悪い。
発破をかけるにしても、「 カンタンだから 」 は見え透いた大嘘。
そもそも、今時の高校生が、こんな子どもだましに乗るだろうか。
さしたる覚悟なく、「 カンタンだから 」と取り組み、 あっさり
挫折した時には、 もう目も当てられない。
実力にそぐわない教材は、混迷脱落を招き、「 英語嫌い 」一直線。
著者自らが、 上調子の言をなすのは、 裏切りに近いものがある。
ましてや、 相手は春秋に富む、 若き俊英の高校生。
我が国の宝。
そこで、なんとも生意気ではあるが、私なりに加筆改変を試みたい。
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「 高校生なら10日以内に本書 に3回素通しで目を通し、 を読破し
英語の輪郭を 大まかに押さえる くらいの つかみとる
勇気 と勢いが必要です。 知性
大丈夫だよ, カンタンではないけれど。 」 カンタンだから
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◆ 「 英語の輪郭をつかみとる 」 に至らなくても、日本の大学の
一般入試レベルは対処可能。
合格を目指すなら、試験に頻出の分野を洗い出し、そこに軸足を置く。
全体的な「 輪郭 」の理解は大づかみでよいので、必須範囲を特定し、
焦点を絞って、時間とエネルギーを注ぎ込むべきなのが、受験勉強。
厳格な制限時間を課し、 合否を決する入試の特殊性を考慮すれば、
試験に出にくい方面は後回しどころか、手つかずで終わったりする。
学者・専門家が重視する系統的な成り立ちより、頻出度の方が大事。
成立に忠実な段取りは理想的だが、可処分時間は限られているのだ。
英語に明け暮れるだけで、万事好都合に事が運ぶ学生なんぞいるまい。
しっかりメリハリをつけ、手堅く集中し、さっさと合格してしまおう。
底知れぬ深淵で、しぶとく踏ん張ってきたからこそ分かる、英語の深遠さ。
全体像を「 つかみとる 」努力は難しくても、現状欠けている重要知識
を重点的に勉強し、理解を深める寸法で、 輪郭の一隅をかすめていく。
学者向けの勉強とは、軌を一にしないと見切る方が、 効率よく捗る。
本来の趣旨に照らして、高校生の受験勉強と英語を生業とする学者・
専門家らプロの手段を、一緒くたに論じることは見当違いと考える。
実務家であれば、顧客満足を優先し、試験に出る分野か否かは無関係。
とすれば、「 英語を必要とする 日本人すべて 」 と銘打つ「 そで 」の
売り文句に、過大な期待を託すべきではないかも、と仄暗い陰りが宿る。
◆
続きます。
◇ 「 英文法の参考書 」 連載