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Beyond recognition

      2019/06/04

見る影もなく

絶世の美男、美女で鳴らした有名人の「劣化」。

2000年代以前は、ほとんど聞いた覚えのない用法。
生身の人間に対し、なんて失礼な言い草か。

なんて義憤を感じながらも、つい見入ってしまう
のが、今昔比較の「劣化」動画やウェブサイト。

  れっか【劣化】
〘名〙
経年変化などにより材質・性能・水準などが
低下すること。
(精選版 日本国語大辞典)

時の流れは残酷。つくづく思い知ることになる。

【参照】”test of time“(時の試練)

自分の記憶にある当人の姿と近影との大きなギャップ

目の当たりにした衝撃的な驚きが、好奇心をくすぐる。
理性が吹っ飛び、野次馬根性丸出しになる瞬間である。


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「劣化」系の話題は、英語圏でも注目を集める。
“beyond recognition” の出場所である。

What in the world happened to him (her) ?
(この人は、一体全体、どうしてこうなった?)

まったく余計なお世話意地が悪すぎ。

しかし、程度の差こそあれ、このような下卑た性質は、
ほとんどの人間が持ち合わせている。

好奇心の衝動は、強力な動機となり、人を突き動かす。
大勢にとって身近な経験であろう。

 

◆ “beyond recognition” の定訳に近いのが、
「見る影もない」である。

ニュアンス、語感、使用場面が重なる感じ。

「見る影も無い」
以前の面影がすっかり変わって、見るに堪えない
さまである。みずぼらしい。
(広辞苑 第七版)

かつて華やかに艶やかに、きらきら輝いていた、
憧れの人のみずぼらしい姿。激烈な面変わり。

「そんなの見たくない!」

と思いつつ、好奇心が抑えきれなかったりする。
半ば、怖いもの見たさ。

◆ 今回調べた9点の英英辞典のうち、
“beyond recognition” を明記していたのは7点
(例文を含む)。

この中から、分かりやすい語釈を3つご紹介したい。

“to change, alter, etc. beyond / out of (all)
recognition
to change so much that you can hardly recognize it.
(OALD9、オックスフォード)

 

If you say that someone or something has changed
beyond recognition or out of all recognition,
you mean that person or thing has changed so much 
that you can no longer recognize them. [EMPHASIS]
(COBUILD9、コウビルド) ※ “EMPHASIS” = 強意

 

beyond recognition
used to say that you cannot recognize something.
Macmillan Dictionary、マクミラン)

それぞれ “hardly”、”no longer”、”cannot” を用いて、
他動詞 “recognize” を否定する(青字)。

副詞 “hardly”(ほとんど~ない) は<準否定語>の用法
であるが、趣旨は等しく “recognize” を否定すること。

とすれば、”beyond” も同じく否定語なのだろうか。

 

◆ “beyond” には、前置詞・副詞・名詞がある。

発音は、biɑ́nd
古英語 “begeondan” が語源で、「越えて向こうに位置する」
が本儀。
“be”(そばに)+ “yond”(向こうに)と分解できる。

“beyond” は多義であるが、基本的意味は語源に沿う。

多用されるのは「越えて」「向こうに」の意味合い中心。
この2つを押さえておけば、日常的にはほぼ間に合う。

位置・時間・範囲・程度・能力・優劣・数量
を対象に幅広く使える。

名詞 “beyond” は「あの世」「かなた」。
通常 “the” つき。
“the great beyond” とも言う。

いずれも文語的表現であるが、
やはり語源「向こうに」を継承する。

日本語でも来世を「向こう」と称することがある。
日英ともども、<死>関連の数ある婉曲語の一つ。

 

◆ 表題 “beyond recognition” の “beyond” は、
前置詞「越えて」。

前置詞 “beyond” の最も基本的な用法に属する。
主な同義語は、前置詞 “above”。

普段そこそこ見聞きする、同一用法の<2語ワンセット>
20点を挙げる。

  1. beyond apprehension
    (理解できない)
  2. beyond belief
    (信じられないほど、ものすごく)
  3. beyond comparison    ※ “compare” もあり
    (比較にならないほど)
  4. beyond comprehension
    (理解できないほど)
  5. beyond control
    (手に負えないほど)
  6. beyond description
    (筆舌に尽くしがたい)
  7. beyond despair
    (とても絶望している)
  8. beyond expectations
    (予想を越えた、予想外の)
  9. beyond expression
    (表現できないほど)
  10. beyond hope
    (望みがない、絶望的で)
  11. beyond income
    (収入以上の)
  12. beyond me
    (私の頭では理解できない)
  13. beyond means
    (資力を越えて)
  14. beyond measure
    (測れないほど → 非常に)
  15. beyond midnight
    (真夜中を過ぎて)
  16. beyond reach
    (手に届かない)
  17. beyond recall
    (思い出せない)
  18. beyond repair
    (修理できない)
  19. beyond recovery
    (回復できない)
  20. beyond words
    (言葉にできない)

【注意】 一覧には、形容詞 “all“(すべての)または
所有格(my / your / his / her / their / our / its)
を2語の間に入れる方が自然な表現も含めた

中級学習者であれば、このうちの半数以上は
目にしたことがあるはず。

どれも単純な構造で難しくない。

先の質問「”beyond” も同じく否定語なのだろうか」
の答えは、20フレーズの和訳を見れば推測できる。

■ 前置詞 “beyond”(越えて)+ 名詞〇〇
 〇〇越えて

越えてしまうために「できない」から、
〇〇ができない

こうして「~ない」で終わるものが過半数。

前置詞 “beyond” は否定語ではないものの、
“recognize” を否定する向きになっている。

つまり、”hardly”、”no longer”、”cannot” と同様。

“beyond recognition” は、上記20点と比べても頻出。
先述の通り、「見る影もない」と表現するには欠かせない。

英語でも「見る影がない」と言ったり書いたりする機会は珍しくない。

容色の「劣化」は、人々の好奇心を刺激する話題 だから。
そのため、”beyond recognition” もそれなりに出てくる。

 

◆ “recognition” は、不可算名詞。

発音は、rèkəgníʃən
語源は、ラテン語「認める」(recognitiō)。

第一の定訳は「認識」だが、実は多義。
ビジネス実務では、「感謝」「表彰」「承認
も、定訳扱いしている。

“beyond recognition” では「認識」の意。
よって、直訳は「認識を越える」。

越えてしまうために「できない」から、
認識ができない」。赤枠の型通りである。


◆ “beyond recognition” = 「認識できない」
は、日常では視覚的な認識を指す場合が多い。

すなわち、目で見て、それとは分かりかねる様子。

有名人の悲惨な「劣化」という、浮ついたニュース
をかっちり表すには、実に便利である。

なぜなら、”beyond recognition” は、時事ニュース
にも使われる、堅めの2語フレーズだから(例文参照)。

際どく後味が悪い「劣化」情報に用いることで、
悪目立ちしないで済む。意図も疑われにくい。
結果的に、隠れ蓑として機能する。

そもそも当人のルックスが、ほぼ「認識不能」になっている
のは事実なので、語義本来の使い方であり、不自然さはない。
この点、日本語の「劣化」と大きく異なる。

人の容姿を表す際は、とかく神経を使うもの。
型通りの言い回しを使うことで、リスクを低減できる。

以前に比べると格段と見劣りする外観を表すには、
決まり文言の “beyond recognition” が大層役立つ。

  • “Her face was crushed beyond recognition.”
    (本人とは分からないほど、彼女の顔は
    押しつぶされていた。)
  • “The body was burned beyond recognition.”
    (その死体は原形をとどめないほど焼けていた。)
    (その焼死体は原形をとどめていなかった。)
  • “Their bodies were mutilated beyond recognition.”
    (彼らの遺体は、ばらばらに切断されていた。)
    (彼らの遺体は、原形をとどめないほどに損傷していた。)
  • “He gained much weight beyond recognition.”
    (彼は太って、面影が消え失せていた。)
  • “She lost much weight beyond recognition.”
    (彼女だと気づかないほど激やせしていた。)
  • “The town has changed beyond recognition.”
    (その町はすっかり様変わりしてしまった。)

◆ 日本語の「見る影も無い」は、上掲『広辞苑』にあるように、
「見るに堪えない」「みずぼらしい」の意。

つまり、悪い方向への大変化である。

一方、”beyond recognition” は「見違える成長」
など、よい意味合いにも起用可能。

  • “The building was renovated beyond
    recognition.”
    (その建物は改装されて、見違えるほどである。)

それでも実際には、ネガティブな使い道が目立つ。

確実な統計は見つからなかったが、調べた辞書の例文
でも暗い内容の方が多い。

冒頭に記したように、衆生界には低俗な物見高さ
がまかり通っている。これが一因だろう。

換言すれば、私たちの多くは「見違える大躍進」よりは、
「見る影もない凋落」に報道価値を認めるようである。

【類似表現】

  • unrecognizable” (クリックで発音)
    – 形容詞「認識できない」
    ※ イギリス英語 “unrecognisable””Celebs Who Are Completely Unrecognizable Today”
    (今では見る影もないセレブたち)
    ※ 見出し
  • “unsightly”
    https://mickeyweb.info/archives/15561
    (醜い、見苦しい)

 

 

 

 

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