Wet ink / Wet sign / Wet signature
2021/01/06
本人が自分の氏名を手書きしたもの
( = 本人の直筆サイン)
”wet ink”、”wet sign”、”wet signature” は、
一般実務では、ほぼ同じ意味合いで使用されている。
大半の使い方は、
「 本人が自分の氏名を手書きしたもの 」
つまり、ご本人の直筆サイン、肉筆サイン、自署。
■ 本来は技術用語として、別の語義があるのだが、
実務では、3つとも「自署」を意味する。
ひいては「原本」を示唆 する。
–
◆ “wet” には、形容詞・名詞・自動詞・他動詞がある。
語源は、古期英語「濡れた」「湿った」(wǣt )。
【発音】 wét (1音節)
“wet” は、「1音節(one syllable)」の単語。
「音節」(syllable、シラブル)とは、発音の最小単位。
だから、腹の底から ゲロする 勢いで、思いっきり、
ウエッ ト
と吐き出し、一息に発声する。 まさに、ゲロ同然の響き。
–
ここでは、形容詞 「 湿った 」 の意。
- ダイビング用の潜水服「ウェット スーツ」は “wet suit”
- 「ウェット シェービング」では肌を湿らせ、ひげを剃る
- “Wet Paint” は「湿った ペンキ」で「ペンキ塗りたて」
–
よって、直訳は、
- “wet ink” は「 湿ったインク 」
- “wet sign” は「 湿った記号 」
- “wet signature” は「 湿ったサイン 」
いずれも「自署」として多用される。
【発音】 sign /sáin/ 1音節
【発音】 signature /sígnətʃər/ sig-na-ture (3音節)
“wet” の直後にハイフンを入れる複合名詞の表記(wet-ink)もある。
加えて、”ink” の他動詞用法には「署名する」の意も含む。
【発音】 íŋk (1音節)
- “I have inked a contract with the company.”
(その会社との契約に署名しました。)
(その会社と契約を結びました。)
語源は、ギリシア語「紫色のインク」(enkauston)。
※ 同義扱いの 「インキ」は、オランダ語 “inkt” より
平板で、均一なリズムの日本語では、「3音節」の
イ – ン – ク
英語では「1音節」なので、こっちもゲロ。
インックッ
→ 音節の差異が顕著な日英比較は、”integrity” 参照
◇ 「湿った」とはいえ、通常は ボールペン でもよい。
“wet” は、自署に用いる
<筆記具の種類>よりは、
「直筆」及び「原本」の指示が趣旨
“wet” 指定ならば、「直筆」かつ「原本」
■ 「原本」を提出 (持参か郵送が一般的)
■ メール添付は不可 (後述 “dry” 参照)
—
◆ なお、手書きでなく、ゴム印や印鑑 による署名
(後述の「記名押印」や「記名」)も、”wet ink”、
“wet sign”、”wet signature” に含むとする解釈もある。
「湿った」(wet)点で、条件を満たすからである。
A wet signature is created when a person
physically marks a document.
Other cultures use name seals to the same effect.
【参考和訳】
“wet signature” とは、人が物理的に文書に署名すること。
文化によっては、同じ用途に印鑑を用いることがある。
<補足説明>
人間の手で書いたり押したりする 「物理的な」 サインゆえ、
- physical signature
- physical sign
と表すこともある。
しかし、表題に比べれば、出番はずっと少ない。
【発音】 physical /fízikəl/ phys-i-cal (3音節)
ゴム印や印鑑が、実際に “wet signature” として、
通用するかと言えば、心許ない。
提出先などに確認する方がよい。
—
◆ 表題の対となるのが、“dry signature“、”dry sign“。
【発音】 drái (1音節)
これらは「原本」ではない
コピーやファックスを通した署名 のこと。
直訳は「乾いたサイン」。
後掲の「デジタル署名」もろとも、カラッと乾いた印象である。
- 衣類用「ドライ クリーニング」は “dry clean(ing)”
- 「ドライ アイス」は “dry ice” で、もともと商標
- 眼球の表面が乾く「ドライ アイ」は “dry eye”
例えとしての「直筆」が、”wet” なのは想像できるだろう。ー
ー
◇ 「原本」の英訳
■ 原本は、本質的に 唯一の存在 なので、
定冠詞 “the” が原則。
■ ただし、特定の原本ではなく、単なる呼称としての
「原本」には不定冠詞も使う。–なぜなら、
どんな原本でも用をなし、唯一の存在でないから。
【例】 “a wet ink copy” —-※ 後述
■ 原本が複数枚に渡ったり、種類が多数ある場合、
「複数の文書」を意味する複数形の単語
(documents や documentations など)
を付け加えて、無冠詞 または “the”。
■ 日常実務では、枚数や種類にかかわらず、シンプルな
“the original” と “the original copy“ が多用される。
【発音】 original /ərídʒənəl/ o-rig-i-nal (4音節)
【発音】 copy /kɑ́pi/ cop-y (2音節)
【ご注意】
この用法の “copy” は「原稿」の意味合い
–【誤】 X 写し X 控え X コピー
・ a wet ink copy = 直筆の「原本」
・ a wet copy = 同上 ← 原本そのもの
【誤】 X 「原本のコピー」
X ” 〇〇 copy ” は 「 〇〇 の 」 ← 原本 写し
「原本」
- the original
- the original copy
- the original paper
- the original ____
【例】 manuscript(原稿) - original document(s)
- wet ink document(s)
- wet ink documentation(s)
- wet ink copy
- wet copy
<”copy” 語源>
ラテン語「たくさん」(cōpia) → 「たくさん書く」
→ 「原本をたくさん写し取る」 → 「複写する」
「複写」「写し」以外の主な意味(名詞 “copy”)
■ 1部・1冊・1枚
■ 原稿
■ 広告文
【例】
・ a translated copy = 翻訳版 ← 翻訳版の「写し」ではない
・ a duplicate copy = 副本 ← 副本の「写し」ではない
・ a copy of the DVD = そのDVD1枚 ← コピーしたDVDではない
・ a copy of the book = その本1冊 ← コピーした本ではない
※ 英和辞典の語釈はあいまいなものが多く、紛らわしい
さらに、
■ digital signature (デジタル署名)
■ electronic signature (電子署名)
これらも “wet ink”、”wet sign”、”wet signature”
に 該当しない。
「直筆」でも「原本」でもないからである。
一般実務における「デジタル署名」「電子署名」は、
「原本」の概念にそぐわない。
–
そもそも、 何枚でも印刷(print out)できてしまう。
◇ 本人確認と認証こそ、
デジタル署名 ・ 電子署名の役目
- “Please digitally sign on the document.”
(この文書にデジタル署名をお願いします。)
【例1】 “digital signature”(デジタル署名)
【例2】 “digital signature”(デジタル署名)
【例3】 “electronic signature”(電子署名)
『 電子サインと電子署名で業務プロセスを変革 』
アドビ システムズ 株式会社
https://acrobat.adobe.com/content/dam/doc-cloud/jp/pdfs/adobe-sign-electronic-and-digital-signatures-wp-jp.pdf
2018年8月発表
※ PDF 全11頁、768KB
【注意】
上記資料で、アドビー社が「電子サイン」と和訳するものは、
本稿の「電子署名」(electronic signature)を指す。
◇ “electronic signature” の定訳は「電子署名」
本稿も定訳に従った。
■ 日本政府のサイトでも「電子署名」
『電子署名及び認証業務に関する法律』
施行日 : 2016年4月1日
https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=412AC0000000102
【参考英訳】 日本法令外国語訳データベースシステム
http://www.japaneselawtranslation.go.jp/law/
■ 米国の電子署名法 “E-Sign Act” は、2000年施行
米政府発行
” Electronic Signatures in Global and National Commerce Act ”
https://www.govinfo.gov/content/pkg/PLAW-106publ229/pdf/PLAW-106publ229.pdf
2000年6月30日付
※ PDF 全14頁、223KB
–
■ 世界各国の電子サイン情報へのリンク(英文)
アドビ システムズ 株式会社
https://www.adobe.com/trust/document-cloud-security/cloud-signatures-legality.html
電子署名、脱ハンコで急拡大 3年後は200億円市場に
2020年10月13日付
新型コロナウイルス禍で「脱ハンコ」が進むなか、
電子署名の利用が急増している。
(中略)
電子署名はオンラインで契約を結ぶ際、契約者本人であることなどを
証明するのに必要となる。
(中略)
背景には電子署名の方式が2つに分かれていることがある。
「電子署名、脱ハンコで急拡大 3年後は200億円市場に」
日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO64908610S0A011C2TJ2000/
2020年10月13日付
■ 『 電子契約サービスに関するQ&A 』
総務省 ・ 法務省 ・ 経済産業省
https://www.meti.go.jp/covid-19/pdf/denshishomei_qa.pdf
2020年7月17日付
※ PDF 全3頁、221KB
かつて、署名は「自署」が原則であった。
今では、「記名押印」や「記名」も広く採用されている。
◆ 日本のビジネス慣習上、法律的な証拠能力の有効性は、
次の順とされている。
- 署名捺印
- 署名
- 記名押印
- 記名
- 「署名」 本人が氏名を筆記具で書く
→ wet ink、 wet sign、 wet signature - 「記名」 ゴム印・印刷・代筆を含む
- 「捺印」「押印」 印章を押すこと
【参考】 「押印」「捺印」「押捺」の違い
■ 『 押印についてのQ&A 』
内閣府 ・ 法務省 ・ 経済産業省
http://www.moj.go.jp/content/001322410.pdf
2020年6月19日付
※ PDF 全5頁、137KB
近年、世界標準の実務にて定着しつつあるのが、
「デジタル署名」(上図参照)。
◇ 本人確認や改ざん防止機能の実用性
から、認証用に導入された。
“wet ink“、”wet sign“、”wet signature” では ない
文書を電子的にやり取りするのが日常になって以来、
自署やハンコ代わりに使われている。
◆ それでも、自署を要する場面はまだまだ健在だ。
■ 日本語では、
「自署」「自筆」「手書き」「直筆」「署名」「肉筆」
■ 近頃、とみに見聞きするようになった英語が、
“wet ink“、”wet sign“、”wet signature“
直筆サインを求められる機会は、今後も消えないだろう。
一般組織では、2010年頃から散見
電子認証の導入に伴う
★ 新しい表現 ★
“wet ink“、”wet sign“、”wet signature“
「直筆」かつ「原本」 ← ポイント
昔は、もっぱら “handwritten signature” だった。
電子認証 導入後は “wet” ばかり目にする印象。
“in” は、手段の前置詞「~を使って」「~で」
ー
“wet” 指定ならば、「直筆」かつ「原本」
■ 「原本」を提出 (持参か郵送が一般的)
■ メール添付は不可 (上述の通り “dry”)
◆ “wet ink”、”wet sign”、”wet signature”
の基本的意味を解説する英文サイトは数多く存在する。
また、直筆を求める要求事項(requirements)には、
今なお “wet” を引用符で囲んだものが目立つ。
- A “wet” signature is required on Page 3.
(3頁目に「直筆」サインをお願いいたします。)
2021年現在、世間一般には、まだまだ認知されていない証左であろう。
- “All signatures on the document must be wet ink.”
(その文書上の署名は自署に限ります。)
– - “This document must be wet ink signed by the CEO.”
(この文書への署名はCEOが自署すること。)
–
- “All signature must be wet ink originals.”
(すべての署名は直筆でなければならない。)
–
- “Must be wet signature and not digital signature.”
(自署が必要で、デジタル署名は不可です。)
– - “We will require your wet signature for documentation.”
(文書には自署していただきます。)
– - “Wet signatures of all his creditors are needed to
exonerate him.”
(彼を免除するには、債権者全員の直筆サインが必要です。)
ー - “All certificates will be signed electronically and no
longer contain a wet ink signature.”
(すべての証明書は電子署名を採用し、
手書きの署名は廃止されます。)
ー - “Electronic signatures to replace ‘wet ink’ signatures”
(自署から電子署名へ移行) ※ 見出し
【類似表現】
■ “sign off”
- 他動詞 “sign“(署名する)
- 副詞 “off“(完全に、すっかり)
他動詞の句動詞だから「句他動詞」(transitive phrasal verb)。
副詞 “off” は、”top off“(締めくくる)と同じ用法。
意味は「署名して承認する」。
要は、承認のサインをすること。
日常業務で重宝する句動詞である。
主な使用場面は、次の2つ。
-
承認権限のある部門・人物による 決裁
-
契約書・合意書の 締結
■ “autograph“
【発音】 ɔ́ːtəgræ̀f
【音節】 au-to-graph (3音節)
– 名詞 「自筆」「有名人のサイン」 ※ 可算・不可算兼用
– 他動詞 「自署する」「自筆で書く」 ※ 自動詞はない
– 形容詞 「サイン入りの」「肉筆の」
- “an autographed copy of her book” … 単数形
- “autographed copies of her books” … 複数形
(著者のサイン入りの本)
※ 著者が男性なら、所有格は “his”
意味合いは表題に重なるものの、
ごく普通のビジネス向けではない。
文芸 が主用途
すなわち、文学・学問・芸術一般。
著作者または芸能人などの有名人に使うのが通例。
・ autograph letter
(手書きの手紙) ※ タイプ打ちでなく、肉筆
・ autograph letter, signed
(署名入り肉筆手紙)
・ autograph manuscript
(手書きの原稿、肉筆原稿)
・ autograph manuscript, signed
(署名入り肉筆原稿) 【略】 a.ms.s.
【参考記事】 ※ 外部サイト
■ 行政手続きの認め印全廃 婚姻届や車検 実印は継続
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO66173380T11C20A1AM1000/
2020年11月13日付
–
■ 首相「行政手続き全て見直し」 押印・書面廃止へ指示
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO64708190X01C20A0MM0000/?n_cid=NMAIL007_20201007_H
2020年10月7日付
–
■ 弁護士の解釈「電子署名」と「電子サイン」の違い
https://toyokeizai.net/articles/-/375564
2020年9月30日付
–
■ ハンコは「抵抗勢力」か 印章制度の本質と過度なデジタル化の危険
https://mainichi.jp/premier/politics/articles/20200812/pol/00m/010/013000c
2020年8月13日付
–
■ 「脱ハンコ」へ整備加速 電子書類の公的認証、年内に テレワークの拡大契機
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO59355130Q0A520C2EE8000/
2020年5月21日付
–
■ 在宅勤務で「電子印」広がる 慣行見直し加速か
https://www.sankeibiz.jp/workstyle/news/200521/ecd2005210655001-n1.htm
2020年5月21日付
–
■ 「紙」「ハンコ」「手書き」の三悪を撲滅せよ
アフターコロナ、「IT後進国」の日本は生まれ変われるか
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00868/050100079/?P=4
2020年5月12日付
–
■ 英語の「サイン」の書き方・使い方・求め方
https://eikaiwa.weblio.jp/column/knowledge/tourism/signature_autograph
2016年11月8日付
↓↓↓
自筆署名は「信頼」と「信用」そのもので、
「意思表示」と「自己同一性」の証明手段