Devastated
2020/07/13
打ちひしがれた、 がっかりした
災害時などのニュース報道にも出てくるが、個人レベルでも
多用する人が少なくない。
つまり、比較的よく見聞きする形容詞なのだが、その割に
日本人学習者には縁遠く、カタカナになる気配もない。
【発音】 dɛ́vəstèɪtəd
【音節】 dev-as-tat-ed (4音節)
意味と字面が何となく似ている形容詞 “desperate”
(絶望的な)が、「デスパレート」としてお目見えする
機会が増えているのと対称的。
【発音】 déspərət
【音節】 des-per-ate (3音節)
「デスパレット」などと聞こえる
“devastated” の「打ちひしがれた」「打ちのめされた」
との定訳から考えると、若干大げさな印象がある。
個人がしょっちゅう使うには、重たすぎる。
ていやく【定訳】
最もよいとして評価の定まった翻訳。
決定訳。標準訳。
(広辞苑 第七版)
◆ 実際の個人用途では「がっかりした」「がっくりした」
くらいの意味合いで起用されていることが多い。
この2語は、落胆の程度が異なる気もするが、
次の国語辞典では同義扱いされている。
「がっかり」
副詞
落胆したさま、失望したさまを表す語。
がっくり。
(精選版 日本国語大辞典)
“devastated” は、動詞 “devastate” の過去分詞
“devastated” が形容詞化したもの。
【例】
”scared”、”undisclosed“、”organi
”disgraced”、”estranged“、”disgruntled”
“devastate” には、他動詞と自動詞がある。
※ 他動詞のみとする辞書も多い
– 他動詞「荒らす」「打ちのめす」「がっくりさせる」
– 自動詞「くじけさせる」
“devastate” の語源は、
ラテン語「さらに荒れた状態にする」(devastatus)。
この語源通り、”devastate” の意味は荒れまくり。
“devastate”
1. to completely destroy a place or an area.
2. [often passive] to make somebody feel very shocked and sad.
(オックスフォード、OALD9)
【発音】 dévəstèit
【音節】 dev-as-tate (3音節)
※ 下線は引用者
「破壊」そして「非常なショックと悲しみ」。
下線部が示すように、極端な度合い であるのがポイント。
これが形容詞となったのが、
“devastated“
extremely upset and shocked.
(オックスフォード、OALD9)
【発音】 dɛ́vəstèɪtəd
【音節】 dev-as-tat-ed (4音節)
※ 下線は引用者
その結果、先述のように「打ちひしがれた」
「打ちのめされた」が定番の和訳となる。
うちひしぐ【打ち拉ぐ】
1. 強い力で相手を打ち砕く。戦いで相手を壊滅させる。
2.(多く受身の形で)強い衝撃で意気・意欲を完全になくす。
うちのめす【打ちのめす】
はげしくたたいて、相手が起き上がれないようにする。
転じて、(心・身に)ひどい打撃を与える。
(広辞苑 第七版)
※ 下線は引用者
上掲 “OALD9” と広辞苑を比べると、意味はかなり重なる。
緑字の “passive” と「受身」まで一緒。
よって、2語は定訳として的確と考えられる。
大被害を伴う災害時には、確かに役立つ和訳である。
-たし
◆ ところが、この定訳を個人の日常で生じる、ちょっとした
トラブルで使うと、一転しておかしく聞こえがち。
大げさな物言いは、社会人としては望ましくない。
そのためか、個人的立場で使わない人もいる。
きっと “OALD9” の語釈通りの解釈をしているのだろう。
その反面、常用する人々が珍しくない点にも触れた。
必ずしも、仰山な言い振りが好きなのではない。
主に「がっかり」「がっくり」の意味でとらえている人たちである。
I was devastated.
こんな感じで使う。 時に、ため息混じり。
日頃、筆舌不問で接する機会は珍しくない。
さて、これをどう訳すか。
定訳だとこうなる。
私は打ちひしがれた。
私は打ちのめされた。
もし、同僚が日本語でこんな言葉を吐いたら、
一体何ごとか、と驚いてしまう。
どちらも非日常的であり、日常に親しまない。
御大層な表現であり、気軽に使えるものではない。
こんな言い回しを私事に用いること自体、はばかれる。
ナルシスティックな雰囲気が漂い、なんだか不愉快。
あたかも『走れメロス』的な自己陶酔が匂い立つ気がする。
–
◆ 本稿で “devastated” を取り上げた理由のひとつは、
定訳をそのまま使用すると、不自然な印象を帯びる単語
の一例を示すこと。
以下にも、同じ問題が見られる。
“devastated” の場合、英語並みに乱用すると、
信用を落としかねないほど、不似合いなこともある。
それでも定訳と目されるのは、先ほど比較検討したように、
文法・内容の両条件を満たすから。
この辺が語学の難しさ。
条件に適合しても、その場面にぴたり合うとは限らない。
“I was devastated.” とわめく中学生の発言を、
「私は打ちひしがれたんだ」と和訳したとする。
これでは違和感を覚えるに違いない。
誤訳でないにせよ、適訳でもない のである。
「僕は途方に暮れたんだ」はベターだが、中学生なら
「僕はがっかりしたんだ」「ショックを受けたんだ」
くらいが自然だろう。
–
◆ 真っ当なプロ翻訳者は、定訳を鵜呑みにすることなく、
あらゆる角度から再検討する習慣をもつ。
普段から類語辞典やコロケーション辞典を駆使し、
自然で分かりやすい表現を執拗に追求する。
言葉は生き物なので、時代の変化を追う好奇心も必要。
概ね地味な作業だが、どんぴしゃりの訳を当てた時は、
我が意を得たりだ。
–
忘れがたい経験
- “I felt devastated when I lost my job.”
(失職した時、私は途方に暮れた。)
ー - “He was devastated by her passing.”
- “He was devastated by her death.”
(彼は彼女の死に打ちのめされた。)
ー - “I was entirely heartbroken and beyond devastated.”
(もう胸が張り裂けそうで、完全に打ちのめされていた。)
ー - “The church had been devastated by fire.”
(その教会は火災で破壊された。)
ー - “The area was devastated by the earthquake.”
(その地域は地震で壊滅した。)
ー
- “The country has been devastated by war.”
(その国は戦争で荒廃した。)
ー - “Devastated family gathered to say goodbye.”
(別れを告げるため、悲嘆の家族が集まった。)
ー - “We are completely devastated by the loss of my son.”
(息子を失い、私たちは完全に打ちのめされました。)
ー - “I’m also devastated for the families who lost their loved ones.”
(愛する家族を失った皆様のためにも、悲嘆しています。)
ー - “Her parents were devastated over their daughter’s decision.”
(娘さんの決断にご両親は打ちのめされていました。)
–
【類似表現】
“shell-shocked”
https://mickeyweb.info/archives/13823
(強烈なショックを受けて)
“doldrums”
https://mickeyweb.info/archives/27328
(停滞、不振、ふさぎ込み)
“dire”
https://mickeyweb.info/archives/31503
(ひどい、不吉な、悲惨な)