Threshold
2021/04/22
敷居、 境界、 しきい値、 基準値
見聞きする機会は珍しくないが、
すぐには分かりにくいビジネス英語の典型。
【発音】 θréʃhould
【音節】 thresh-old (2音節)
–
可算名詞しかない(※)にもかかわらず、
ぴたり当てはまる日本語が想起しにくい。
※ 「形容詞」及び「動詞」があるとする説もある (後述)
–
スペルも発音も、とっつきにくい。
thresh + old
2音節(シラブル)
【発音】 / θréʃhould / スレッ–ショールド
–
◆ “th” の発音には、2種類( 無声 θ と 有声 ð )ある。
どちらも、舌の先端と上顎前歯で隙間を作って発音。
発音時の 声帯振動(喉ぶるぶる) の有無で、 ð と θ に分かれる。
◇ 「 ð 」も「 θ 」も、日本語には存在しない発音
◇ ð も θ も、舌先と上前歯で、隙間を作って発音
【共通点】 舌先 の基本位置は一緒
【相違点】 声帯 を使い発音するか
詳細は、” smooth out ” をご参照のこと。
–
◆ “threshold” の “th” は、「 θ 」 = 「 無声歯摩擦音 」
「 むせい は まさつおん 」と読む。– –喉ごろごろ
無声なので、声帯振動がなく、喉はぶるぶる震えない。
無声歯摩擦音「 θ 」 ( むせい は まさつおん )
舌先が上の前歯の裏側に軽く触れ、そのすき間から呼気
が押し出されて調音される。 その間声帯は振動しない。
『 新装版 英語音声学入門 CD付き 』 p. 94、
竹林 滋 (著)、大修館書店、2008年刊
θ 「 無声歯摩擦音 」
声帯振動なし : 喉ごろごろ
–
2音節で、初っ端の第1音節に強勢(アクセント)。–
thresh + old
2音節(シラブル)
「音節」(syllable、シラブル)とは、発音の最小単位。
日本語の場合、原則として「 仮名一字が1音節 」。
そのため、音節を意識する機会は乏しい。
–
→ 音節の差異が顕著な日英比較は、”integrity” 参照
–
◆ はっきりイメージしずらいために「難しい」とおじけてしまう。
もったいない。
この点、形容詞の ” vulnerable ” や ” unsolicited ”
に共通する思い違いである。
” threshold ” の出番は、今後ますます増えるはず。
これを機縁に覚えてしまおう。
◆ 語源は、古英語 「 敷居 」 ( threscwald )。
–
「 踏まれるもの 」 が原義。
初出は、900年以前。
–
部屋の「 境目 」
–
–
◆ 日本人のしきたりのひとつに、
「 敷居は踏んではならない 」がある。
家の象徴として重んじる作法の他に、
家の造りが歪むことを防ぐ目的を伴う。
一方、英語の “threshold” は「敷居」として、
「 踏まれる 」ことを前提にする。 原義そのもの。
このように文化は違うが、「敷居」に加えて、
「 境界 」と「 しきい値 」を意味する点で、
英日は共通している。
形容詞 用法では、「 境界の 」「 しきい値の 」となる。
◆ 今回調べた5点の国語辞典は、次の通り。
「 しきいち 」より「 いきち 」の項目立てが多い。
各辞書の語釈に個性は見られず、かなり似通っている。
すなわち、一律に分かりずらい。
ぜひご覧いただければと思う。
–
◇ ご参考までに、本稿後半に、日本最大の国語辞典
と称される『 日国 』の該当部分を全文掲載している。
しきいち【閾値】
1. ある反応を起こさせるために加えなければ
ならない物理量の最小値。
2. 生体に興奮を誘発させるのに必要な最小の
刺激の強さ。
(精選版 日本国語大辞典)
–
いきち【閾値】
1. ある系に注目する反応をおこさせるとき必要な
作用の大きさ・強度の最小値。
2. 生体では感覚受容器の興奮をおこさせるのに
必要な最小の刺激量。しきいち。限界値。
(広辞苑 第七版)
–
いきち【閾値】
1. 一般に反応その他の現象を起こさせるために
加えなければならない最小のエネルギーの値。
2. 生体に興奮を引き起こさせるのに必要な最小の
刺激の強さの値。刺激閾。しきいち。
(大辞林 第三版)
–
いきち【閾値】
1. 反応や変化を起こさせるために必要な、最小の
エネルギーの値。
2. 《生》生体を興奮させるために必要な、最小の
刺激の強さの値。
(三省堂国語辞典 第七版)
–
いきち【閾値】
1. 生体の感覚器や神経、筋肉などに反応を生じ
させるのに必要な刺激の最小値。
2. 一般に、反応や変化を生じさせるのに必要な
エネルギーの最小値。
(明鏡国語辞典 第二版)
–
いき【閾】
1. 門戸の内外を区切るもの。
2. [心](threshold)光や音などの刺激の有無、
同種刺激間の差異などが感知できるか否かの境目、
またその境目にあたる刺激の強さ(閾値)。
(広辞苑 第七版)
–
いき【閾】
1. 敷居。
2. ある刺激の出現・消失、または二つの同種刺激間
の違いが感じられるかの境目。また、その境目の
刺激の強さ(閾値)。
(大辞林 第三版)
–
しきいき【識閾】
《名》心理学で、刺激によって感覚や反応が起こる境界。
無意識から意識へ、また、意識から無意識へと移る
さかい目をいう語。閾(しきい)。
(精選版 日本国語大辞典)
キーワードにハイライトしてみた。
イメージが浮かぶだろうか。
日本の家屋には、障子、ふすま、引き戸の下にも
敷居がある。
外国の家屋でも、出入り口の大半に欠かせないもの。
どれも「 境目 」に位置する。
ここから「 境界 」「 しきい値 」に。
–
–
◇ Japan COVID-19 outbreak crossed
the 550,000 threshold on Apr. 22, 2021.
55万の「 境目 」突破 …
–
◆ 2種のロングマンも「しきい値」を示す。
“threshold”
■ 2. the level at which something
starts to happen or have an effect.
3. at the beginning of a new and
important event or development.
(LDOCE6、ロングマン現代英英辞典)
–
■ the level at which something belongs
in a particular class or is affected by
a particular rule.
(Longman Business English Dictionary)
【発音】 θréʃhould
【音節】 thresh-old (2音節)
→ “th” の発音は、”smooth out” 参照
以上のように、
ビジネス用途では、「 境界 」「 しきい値 」
が中心の意味合いになる。
おまけに、
◇ こなれた和訳例
-
基準値
-
とっかかり
-
発端
-
出発点
いずれも 可算名詞。
–
◆ ビジネスと相性抜群で、実際に長く使われてきた。
–
社会・経済ニュースには年中出てくる。
さらに、インターネット時代ならではの用途
も増えている。
例えば、 広告収入 。
–
YouTubers やブログ運営者に広告料を支払う際に、
最低額を設定する広告会社が主流となっている。
送金などの手続きには、人件費などのコストがかかる。
広告会社側で 「 支払い 基準値 」 を設定しておかないと、
日々膨大な仕事量に追われること必至。
◇ この 「 基準値 」 が、” threshold “
支払うか払わないかの 「 境目 」 だから、”threshold”。
「 支払い基準額 」 は、” payment threshold “。
企業によっては、「 最低振込ライン 」や「 最低支払金額 」と和訳する。
–
◇ 米グーグル社「 アドセンス 」( クリック報酬型広告 )の場合、
公式サイトでは「基準額」が定訳扱いされている。
- Payment threshold
(お支払い基準額)
– - Tax information threshold
(税務情報の基準額)
– - Address verification threshold
(住所確認の基準額)
– - Payment method selection threshold
(お支払い方法の選択の基準額)
– - Cancelation threshold
(利用停止時の基準額)
– - Threshold values per currency
(通貨ごとの基準額)
【英文】
https://support.google.com/adsense/answer/1709871?hl=en
【和文】
https://support.google.com/adsense/answer/1709871?hl=ja
※ 2021年4月22日 アクセス
––
「 お支払い基準額 に到達したら、お支払いいたします 」
「 現在、 お支払い基準額 の78%に達しています 」
eコマース全盛期に向けて、このような “threshold”
の使われ方が増えていくのは、容易に想像できる。
これまでにない用法であれば、和訳に手間取るため、
混乱する傾向がままあるのは先述の通り。
だが「語源」に立ち戻って、派生した経緯から考えると、
それほど複雑でないことが分かるだろう。
多義ではなく、むしろシンプルなくらい。
◆ 多用されるビジネス用法を挙げる。
以下の例文が理解できれば、基本はOK
どれも頻出かつ代表的な使われ方。
- “60% was the threshold for approval.”
- “60% was the approval threshold.”
(承認してもらえる基準値は60%以上だった。)
– - “We need to reach the 60 percent approval threshold.”
(60%の承認基準値に達する必要がある。)
– - “$5 million in asset value is the threshold for approval.”
- “The approval threshold is $5 million in asset value.”
(資産価値500万ドルが承認基準である。)
– - “Her income is below the tax threshold.”
(彼女の収入は課税最低限より低い。)
—※ 課税最低限の内訳及び算出方法(財務省)
– - “That phrase is on the threshold of extinction.”
(そのフレーズは絶滅寸前だ。)
–
- “It may cross the legal threshold.”
(それは違法になるかもしれない。)
– - “We are on the threshold of huge social changes.”
(我々は社会の大変化に面している。)
– - “My boss has a low threshold for anger.”
(私の上司は怒りやすい。)
– - “His stress level is approaching the threshold.”
(彼のストレスは限界に近づいている。)
– - “Our team is at the threshold of a new project.”
(私のチームは新プロジェクトを始めようとしている。)
– - “We should not raise the retirement threshold to 70.”
(定年を70歳まで引き上げるべきでない。)
–
- “X nearer to threshold for victory”
(X候補、勝利に近づく) ※ ニュース見出し
–
- “X crosses 80M vote threshold”
(X、8000万票を突破) ※ ニュース見出し
–
- “Everyone who meets our threshold can apply for the program.”
(弊社の基準値を満たす人は、誰でも本プログラムに応募できます。)
– - “Once your channel meets the threshold, follow these instructions.”
(あなたのチャンネルが基準を満たし次第、以下の指示に従ってください。)
– - “I have not reached the minimum eligibility thresholds yet.”
(私はまだ最低限の資格基準値に達していない。)
– - “The number of people infected with COVID-19
crossed the 550,000 threshold.” - “The number of people infected with COVID-19
exceeded the 550,000 threshold.”
(新型コロナ感染者は、55万人を超えた。)
→ “cross the 550,000 threshold”
= “exceed the 550,000 threshold”
= 55万の「境目」を超える
- “We have reached a threshold requirement to
require the wearing of masks on our property.
The threshold requirement is more than 10
cases per 10,000 people.”
(弊社の敷地内でマスク着用を義務付けるために、
要求される基準値に達しました。 その要求基準値とは、
1万人当たりの患者数が10人を上回ることです。)
–
- “She has a high pain threshold.”
(彼女は痛みを感じにくい。)(彼女は痛さに強い。)
→ “a pain threshold” = 痛みに耐えられなくなる閾値
ー
◆ “threshold” がビジネスと相性がよく、ニュースに年中
出てくる点は既述した。
しかし、英単語全体から見れば、頻出に至らない。
◇ LDOCE6(ロングマン)の指標によれば、
- 重要度 : <3001~6000語以内>
- 書き言葉の頻出度 : 3000語圏外
- 話し言葉の頻出度 : 3000語圏外
それでも、辞書には “threshold” のコロケーション
(連語)が大きく掲載されている。
分不相応で破格の待遇ではないか。 なぜだ。
これは < 実務上の需要 > が高いことを示唆する。
下記に似通う持ち味である。
“Oxford Collocations Dictionary for
Students of English“(アプリ版)より転載
※ 漢字は追加
–

※ 漢字は追加
本稿の焦点である「しきい値」は、語釈の二番手。
上の2つの表に添えられた数字(2)からも自明。
後述の筆頭(1)に来るのは、”doorway” の「敷居」。
にもかかわらず、LDOCE5 のコロケーション表(前出)
は「しきい値」のみ紹介し、「敷居」を切り捨てる。
『オックスフォード コロケーション辞典』では省略されて
いないものの、「しきい値」に比べると、次のようにしょぼい。
応用力の劣る語義だからに他ならない。
< コロケーションについて >
・ “aware”
・ LDOCE(ロングマン現代英英辞典)
・ 辞書の「自炊」と辞書アプリ
・ 英語辞書は「紙」か「電子版」か
ー
【実例】 ※ 辞書アプリの転載あり
”damage“、 “scrutiny“、“backdrop“、
”paperwork“、”struggle”、”downfall“、
“bombshell“、”alternative”、”feasible“、
”disparity”、”presence”
◆ 『日国』該当項の全文は、以下の通り。


–

『日本国語大辞典 第二版』小学館
第1巻(2000年刊)及び第6巻(2001年刊)
より転載–
先に掲げた『精選版』の本家本元の国語辞典(全13巻+別巻)。
『精選版』の記述に加え、「用例」「発音」「語源」
が添えられている。
–
◆ 日本最大の国語辞典をご案内したとなれば、世界最大の英語辞典
もご覧に入れたくなってくる。
“The Oxford English Dictionary” の “threshold” 全文。
“Threshold.” The Oxford English Dictionary. 2nd ed. 1989.
–
◆ “The Oxford English Dictionary” (オックスフォード英語辞典)は、
“OED“ (オーイーディー)の略称で有名。
–[公式サイト] → http://www.oed.com/
1884年にイギリスで刊行が始まり、最新版の第2版は1989年刊。
全20巻、2万1730頁、29万1500の見出し語、
語義の配列は、頻出順ではなく、発生順の「歴史主義」。
成り立ちを、系統的にたどれる利点がある。
–[両方入手済み] → 辞書の「自炊」と辞書アプリ
“OED” 編集主幹の James Murray 博士 (1837-1915)
については、”in place” で触れている (写真入り)。
–
◆ 続いて、”threshold” の動詞用法も載っている。 動詞全文。
“Threshold.” The Oxford English Dictionary. 2nd ed. 1989.
–
しかしながら、3大学習英英辞典(EFL辞典)をはじめ、
日本が誇る以下すべての大辞典に記載されていなかった。
そのため、動詞 “threshold” には本稿でも言及しない。
ざっくり言えば、物理分野の専門用語である。
–
◆ 最後に、誤用されがちな「敷居」がこちら。
「 注意 」に着目。
『 明鏡国語辞典 第二版 』 2010年刊
(アプリ版)より転載※ 傍線は追加
–
「 性癖 」同様、平然とまかり通った使い方の印象がある。
–
◆ ところが、2021年発行の新版「 第三版 」では、こうなっている。
『 明鏡国語辞典 第三版 』 2021年刊
(書籍版)より転載※ 傍線は追加
–
今度は、緑の傍線に着目。
なんと、10年やそこらで、解釈が変わっている。
『 明鏡国語辞典 』書籍版の奥付を確認すると、
- 先の「 第二版 」は、2010年12月1日発行
- この「 第三版 」は、2021年1月1日発行
「 誤り 」と注意を促していた内容を、堂々と格上げしたのだ。
バツ「 X 」 と全否定していたのに、「 転用 」後に[ 新 ]入り。
しれっと宗旨替え。
–
「 第三版 」自身の凡例・語釈によると、
- [ 新 ] = 新しく生まれた語や意味
- 「 転用 」 = 本来の目的とは異なる別の用途にあてること
–
なんやかんやと言っても、世間一般の影響力はすさまじい。
◇ 2021年4月現在、『 明鏡国語辞典 第三版 』のアプリ版
は未発売